BEAT BOYS ?
最近は形を潜めていますが、一時期、ALFEEにとてもよく似た3人組が世間を騒がせていました。
彼らは楽器を持たず、不思議な振り付けをつけて、歌を歌っています。
彼らの名前は、BEAT BOYS(びーとぼーいず)と言います。(本当は「BEAT」の「A」の字が逆さまになっています)
ここでは、彼らのプロフィールを紹介してみます。
BEAT BOYS登場!!
1980年11月、彼らは突然「スターズ・オン23」(現在手に入るCDでのタイトルは「ショック!!TAKURO 23」)という曲ををひっさげて、登場しました。これは、当時ヒットしていたビートルズメドレーを歌っていた「スターズ・オン」の真似をし、吉田拓郎メドレーを歌っているものです、そもそもは、拓郎さんのラジオ番組のディレクターがALFEEの坂崎氏に「拓郎さんのメドレー、やってみない?」と言うような感じで軽く出された企画だったようなのですが、ALFEEの他のメンバーもその話に乗り、わざわざスタジオまで借りてレコーディングしたらしいのです。できあがった曲をラジオ番組で流したところ…大きな反響が帰ってきました。そのため、レコード化しよう、と言うことになりました。しかし、ALFEEのメンバーは冗談で作った曲なので、レコード化には反対しました。そこで、架空のグループ名で出してはどうか、と言うことになったのです。いろいろとグループ名を検討した結果、「ビートルズ」と「ビーチボーイズ」を合わせて、「ビートボーイズ」となりました。
一着10万円の衣装である覆面と名前入りのマントをつけ、デパートの屋上でサイン会をしたり、ALFEEのコンサートに乱入してきたりもしましたが、そのうちどこかへ消えていってしまいました。
- メンバー紹介(1980〜1981)
- じょん・のれん(サカザキ)…1980年の活動では、ギターとボーカルを担当。
- ポール・マッカーサー(タカミザワ)…1980年の活動では、ギターとボーカルを担当。
- 祥寺張扇(サクライ)…1980年の活動では、ベースとボーカルを担当。
BEAT BOYS再登場!!
約7年間、沈黙を続けていたBEAT BOYSは、突然1988年になって、THEALFEEのコンサートで復活を遂げました。春のツアーのみならず、夏のイベント、秋のツアー…ついにはアルバム「BEAT BOYS登場!!」とシングル「HEART BREAK LONELY RAIN」をリリースし、初の単独ライブまで開いてしまったのでした。
7年前は覆面をつけての登場でしたが、今回は素顔(?)でテレビや雑誌にも登場しました。その姿は、どう見てもALFEEにそっくりなのですが、本人達は「俺達はALFEEじゃない」と言い張ってました。そして、7年前にはギターやベースを弾きながら歌っていたはずなのですが、今回は「俺達は楽器ができない。」と、楽器を持たず、振り付けをつけて歌を歌っていました。なぜだかわからないのですが、このときのBEAT BOYSのメンバーの名前は、7年前とは違っていたのです。
翌年も、BEAT BOYSは活発な活動をしています。ALFEEが3月にアルバム「DNA Communication」を発売したのに対抗するかのように、5月にシングル「誰よりもLady Jane」を発売し、6月からは全国で23本もの単独コンサートツアーを行ったのです。また、7月にはアルバム「Go! Go! BEAT BOYS」を発売し、7月31日には名古屋商科大学で野外イベント「Go! Go!NAGOYA-DAGANE!!」を行いました。
1990年夏、BEATBOYSは「超・変則的復活宣言」をします。リーダーであるサクライが、やる気を見せたらしいのです。7月にはサクライが一人で歌った「ふたりだけの夜」を発売し、神奈川県の三浦海岸に「BEAT BOYS CLUB HOUSE」なる海の家をオープンさせます。あとの二人…サカザキ、タカミザワも存在感を見せるために「マラカス・ブラザーズ」を急遽結成し、「ふたりだけの夜」のカップリング曲として「恋のマラカスブラザーズ」を発表します。サクライは一人でテレビやラジオにも登場しましたが、マラカス・ブラザーズの二人はやる気なし…そのうち、彼らは再び、長い冬眠期間に入ってしまいました。
- メンバー紹介(1988〜)
- サカザキ コウノスケ…本業は漁業らしい。実は中国人らしい。最近では「陳・サカザキ」と名乗っているようだ。
- タカミザワ トシヒコ…本業は医者(産婦人科)らしい。フランスのニース生まれらしい。ダンスの腕前は…(以下、検閲により削除)
- サクライ マサル…本業は農業らしい。アメリカ生まれの秩父育ちらしい。BEAT BOYSのリーダーであるようだ。
BEAT BOYS再再登場!!!
復活の日は、ある日突然やってきました(笑)1996年4月、シングル「エピキュリアン」をリリース。しかもこの曲は、映画「美味しんぼ」の主題歌だったのです。CMにも使われ、テレビやラジオで頻繁に流れていたのですが、歌ってる本人達は姿を見せることはありませんでした。ALFEEの春のツアーにも、夏のイベントにも乱入することなく…そのままBEAT BOYSは、また長い冬眠期間に入ってしまったのか…と思っていた矢先の1996年12月24日、ALFEEの「IMAGINATION」ツアーの日本武道館公演に突然、BEAT BOYSが登場したのでした。「HARD FUNKY NIGHT」「HEART BREAK LONELY RAIN」「エピキュリアン」「GREAT VACATION」の4曲を振り付けつきで(酸素ボンベを舞台袖に用意して)披露してくれたのですが、その時は「来年は新曲を出します…嘘だよー!!」と言い放っていたのでした…
BEAT BOYS伝説
しかし、その言葉こそが「嘘」だったのです。1997年3月、BEATBOYSはシングル「May Be」をリリースしました。この曲は春の高校バレー選手権のイメージソングにも選ばれました。
その後、しばらく活動はなかったのですが…1998年の夏のイベント「前夜祭」にいきなり登場し、「真夏のカラオケ大会」と題し、サカザキが「そして神戸」、サクライが「よせばいいのに」、タカミザワが「六本木心中」をそれぞれ熱唱し、最後にはサクライ&マラカス・ブラザーズで「エピキュリアン」を歌い、嵐のように去っていきました。
BEAT BOYSが最初で最後かと思われる全国ツアーを行った1989年から15年たった2004年、奇しくもALFEEのデビュー30周年というメモリアルイヤーに、21世紀初めての活動がありました。ホールツアーではカーキ色のトレンチコートに黄色いボタン、アリーナツアーではセーラー服に黄色のリボンというお揃いの衣装で、ALFEEの秋のツアーのアンコールを乗っ取ったのです。しかも彼らは15年かけて楽器を練習してきたということで、「YELLOW SUNSHINE」を自ら演奏しました。昔のようには踊れなくなっていましたが、また新しい彼らのスタイルが生まれたようです。
…さて、今後はどんな活動を見せてくれるのでしょうか?
(C) MOTOKO