私とALFEE
ALFEEとの出会い (1985〜1987)
私がALFEEの曲を初めて聴いたのは1985年の春のことでした。CMソングになっていた「シンデレラは眠れない」で、何となくこの曲を気に入ったのでした。でもその時には、どんな人たちがこの曲を歌っているのかは全く知りませんでした。
初めて「ALFEE」というバンドを認識したのは1987年の夏のことです。当時、TBSで放送されていた「ザ・ベストテン」という音楽番組で「白夜 -byakuya-」を演奏する姿を見たのですが、その時は「へぇ…ALFEEってこんな人達なんだ。」程度の関心しかありませんでした。
…この時はまだ「シンデレラは眠れない」と「白夜」を歌っているのが同じバンドだ、と言うことに気づいていなかったのです…
初めて「シンデレラは眠れない」と「ALFEE」が結びついたのは、この年の10月頃です。その頃から聞き始めるようになったラジオ番組で新曲の「My Truth」を聴き、「もしかして…」と思ったのです。実は、ALFEEは曲ごとにボーカルが変わるバンドで、「シンデレラは眠れない」と「My Truth」は幸ちゃん(坂崎幸之助)が歌っていました。一方「白夜」はTAKAMIY(高見沢俊彦)が歌っていたのです。曲ごとにボーカルが変わるバンドだったとは知らなかったので、気づいたときはかなり感動しました(笑)
それ以来、ALFEEのことが何だか気になるようになりました。ALFEEの出演するテレビ・ラジオ番組をチェックするようになり、CDを買うようになり…そのうちに、コンサートに行きたい、と思うようにもなりました。こうして、私はアル中(アルフィー中毒)になってしまったのです。小学校5年生の時のことでした。
コンサートに行こう! (1988〜1991)
テレビ番組やCDでALFEEの曲を聴くうち、「生でALFEEの曲を聴きたい!」と思うようになってきました。小学生だったこともあり、どうやったらALFEEのコンサート(アルコン)に行けるのか、わからなかったのですが…ある時、新聞にコンサート告知の広告を発見したのでした。それは「夏イベ」と呼ばれている毎年恒例の野外コンサートで、会場は横浜の本牧埠頭でした。広告にあった電話予約の番号に電話すること2時間…ようやく、念願のチケットを手にすることができました。
1988年8月14日の「4Access Area Act-4 YOKOHAMA LANDINGBAHN」が、私の初めて参加したアルコンです。知らない曲もあり、ノリ方もわからなかったので、とまどった部分もありましたが…それでも十分に楽しむことができました。12月の武道館は初めてのホールコンサートで、野外の時よりずっと近いALFEEに感動したものです。アルコンで「生」のALFEEの魅力を知った私は、その後積極的にコンサートに行くようになりました。初めの頃は夏のイベントと冬の武道館+αぐらいでしたが1991年の秋にはNHKホール、大宮ソニックシティ、神奈川県民ホールといった、武道館などに比べるとかなり小さめのホールにも参加することができ、参加本数も徐々に多くなっていきました。
ALFEEの後輩に… (1992〜1994)
ALFEEは東京・白金の明治学院で結成されたバンドです。TAKAMIYと賢さん(桜井賢)は高校から明学で、明学のイメージがALFEEの曲の中にも生きている、と言う話を聞いたことがありました。そのためか、なんとなく明学に憧れを抱くようになっていたのですが、2人がいた頃の明学は男子校でした。ところが、1991年度から明学が共学になったのです。「もしかしたら、これはチャンスかもしれない…」と思い、明学を受験することを決めてしまいました(笑)「ALFEEの後輩になりたい!」という気持ちだけで受験したわけではないのですが、TAKAMIYと賢さんがかなり大きなきっかけになったのは事実です(^^;
そして1992年4月、私は明治学院高校に入学しました。その頃はまだ、TAKAMIYや賢さんを教えた先生が何人かいました。先生方に高校時代の2人の話を聞いているうちに、私がアル中であることは校内でも有名になってしまったのですが…それが幸運を呼んでくれました。1993年10月1日、高2の文化祭の日…ALFEEが撮影のため、明学を訪れたのです。控え室を教えてもらい、メンバー全員のサインを「To. Motoko」と名前入りでもらった上に、賢さんとお話もできました\(^o^)/ TAKAMIYは高校時代はD組、賢さんはF組でした。私もF組だったため、賢さんとはその話をしました。握手してもらったときは、感動のあまり足がふるえてしまいました(^^;
私が明学に在学していた1992年〜1994年は、ALFEEにとっても結成20周年・デビュー20周年と重なっていたため、明学とは関わりが深い時期であったように思います。1992年は高校の機関誌「樹林」へのインタビュー掲載があり、1993年は前出の撮影、1994年は「明治学院校歌」のALFEEバージョンを高校の合唱コンクールのためにプレゼントしてくれました。この校歌は、1997年2月27日に行われた明治学院同窓会主催のイベント「COMING HOME」でも演奏され、CDとしても発売になりました。ちなみに「COMING HOME」でALFEEと共演したのは、私が高校時代に所属していた「ハイグリー部」の後輩達でした。すでに高校を卒業していたため、私自身の共演は叶いませんでしたが…ALFEEの後輩でいられた3年間は、とても充実していたように思います。高校を卒業する前の最後のアルコン、1994年のクリスマスイブはアリーナ最前列で参加できたのも、大切な思い出のひとつです。…もちろん、高校の制服を着て参加しました(笑)
Progress! (1995〜)
明学大に進学し、大学でもALFEEの後輩でいるという選択肢もあったのですが…私は高校時代に興味を持った地方自治を専攻するため、1995年、早稲田大学に入学しました。大学で初めてパソコンに触れ、インターネットやパソコン通信を始めました。NIFTYの「ALFEE部屋」などに参加しているうちに、友達のネットワークも広がりました。(そして、このようなページを作成することにもなったわけです(^^;)
アルコンの参加本数も、年間10数本〜20数本と急増しました。高校時代から北関東などへの「遠征」はしていたのですが、大学に入ってからは大阪、名古屋、金沢、広島、盛岡などのアルコンに、泊まりがけで参加する機会も増えました。大学時代の4年間で参加したアルコンは82本にもなりました(^^; 何の偶然か…大学を卒業する前の最後のアルコン、大阪城ホール2DAYS初日もアリーナ最前列で参加できました。小学6年の初アルコンから数えると、学生時代で123本参加したことになります。まさか10年以上もALFEEのことを好きでいるなんて、思ってもみなかったのですが…ALFEEは私にとって、欠かせない存在になっています。そしてこれからも、ALFEEと一緒に過ごす時間を重ねていこうと思っています。
(C) MOTOKO