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企画ユニット 地球ゴージャス


 「地球ゴージャス」とは、1994年の公演「新宿銀行東中野独身寮殺人事件」を最後に劇団スーパー・エキセントリック・シアター(S.E.T)を退団した、岸谷五朗寺脇康文によって結成された「企画ユニット」です。「劇団」ではないので、「地球ゴージャス」=岸谷+寺脇です。

 最近ではテレビや映画での単独活動も多い2人ですが、原点はやはり舞台です。1995年の旗揚げ公演「瓶詰の地獄〜いつまでもたえることなくともだちでいよう〜」から始まった舞台活動は、2001年の「クインテット」までに5本の作品が上演され、どれも好評を博しています。

 また、この2人は舞台以外にも様々な活動を行っています。毎年12/1に行われるイベント「Act Against AIDS」の一環である「The Variety」は、この2人が中心になって、多くのミュージシャンやコメディアン、俳優を集めています。1997年9月には映画「私たちが好きだったこと」を手がけたりもしました。


 私がこの2人と出会ったのは、1987年…当時、S.E.Tの若手団員だった五朗ちゃんと康文は、同じく若手だった山田さんと3人で「SET隊」というコントグループを結成していました。テレビのバラエティ番組や、座長の三宅さんがパーソナリティをしていた「ヤングパラダイス」というラジオ番組にもレギュラーで出演していました。その頃は名前を知っている程度で、それほど興味はなかったのですが…1991年頃からS.E.Tの公演を観に行くようになり、五朗ちゃんの笑いのセンスにハマってしまいました。以来、若手の中では五朗ちゃんが一番のご贔屓になり、「岸谷五朗プロデュース」の公演には必ず足を運ぶようになりました。
 一方、康文のことは、S.E.T時代にはあまり興味がありませんでした。五朗ちゃんとの掛け合いは多かったはずなのに…きっと、五朗ちゃんにしか目が行っていなかったのでしょう。その頃の私は、寺脇康文という人の真の魅力には気づいていなかったのです。
 1994年に2人がS.E.Tをやめたときは、かなりショックでした。しかし、しばらくの後、TBSラジオで「ぷんぷん五朗佐とにこにこ脇衛門」という番組が始まりました。パーソナリティはもちろん、五朗&康文。この番組をきっかけに、私は康文へとハマっていきました。舞台やドラマではあんなにかっこいいのに、ラジオだと…(爆)端整な顔立ちと、それに不釣り合いな言動…そのギャップが、とてもステキでした(笑)以来、私は五朗ファンから康文ファンに転びました。なので私は、S.E.T時代は五朗ファン、地球ゴージャスになってからは康文ファンです。

 この2人への想いは、1995年の公演以降、ちょっと熱が冷めてた時期もあったのですが…1997年の公演で再燃しました。ドラマや映画などでの2人の活躍もうれしいのですが、やはり、舞台での姿が一番かっこいいし、輝いていると思います。年に一回は、舞台を観たいなー、と思ってるんですが…なかなかそうはいかないようです。


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