角館
2004/07/19(MON)
函館からスタートした旅も、この日が最終日です。帰りは秋田空港から飛行機を利用するので、盛岡から「こまち」で秋田へ。その前に、途中の角館で途中下車しました。
角館を訪れるのは6年ぶりになります(^^;秋田方面は意外と行ったことがなく、まともな観光をするのはこの前回の角館以来です(笑)前回は徒歩で武家屋敷界隈を散策しましたが、今回はレンタサイクルを利用することにしました。
駅前から5分ほどで武家屋敷の入口に到着です。角館といえば桜が有名ですが、武家屋敷の通りには400本以上のしだれ桜が植えられているそうです。この武家屋敷の街並みを抜けると、桧木内川堤に出ますが、こちらも2Kmにわたる桜のトンネルが有名です。この時期は青葉が生い茂っていていますが、やはり次回は満開の桜を見てみたいものです。
武家屋敷界隈に戻り、公開武家屋敷の石黒家、青柳家、岩橋家、河原田家、小野田家をそれぞれ見学。中でも青柳家は一番規模が大きく、展示も充実しています。ここには「幕末写真館」という展示施設があり、前回もここは興味深く見学しました。西郷隆盛の写真ではないかと言われている集合写真は、実際には学生の集合写真であるという説が有力ですが、確か前回は展示されていなかった「謎の元勲」の写真がありました。説明文には「西郷隆盛では?」とありましたが、全体的に岩倉具視に似た雰囲気で、眉が薄い男性です。とても薩摩藩士の西郷とは思えませんが、なかなか興味深かったです。ただ、一つだけ気になったのは、「散切り頭を叩いてみれば…」という説明文が添えられていた写真。これは黒田清隆が榎本武揚助命のために髪を剃った時の写真です。実際この時の黒田は丸坊主にしてしまったので、散切りでもなければ、文明開化による断髪でもありません。かなり有名な写真なのに、この説明はちょっとどうかと思いました(^^;
また、武家屋敷からも程近い常光院に、戊辰戦争の官軍墓地があるというので訪ねてみました。大村、平戸といった西九州諸藩から従軍し、角館周辺で戦死した9名の墓石が今も残っています。1868年9月に会津藩が降伏した後、戦は津軽海峡を越えて函館へと移りましたが、北東北各地では小さな戦闘が勃発していて、角館もその一つでした。観光ガイドなどにはひっそりと紹介されているこの「戊辰戦役戦没者墓地」ですが、「官軍」ということでお寺の前には明治時代に建てられた案内の石碑がありました。
駅へ戻る途中、明治時代に建てられた赤レンガの蔵が残る安藤家と土蔵が残る西宮家を見学しました。どちらも商家で、武家屋敷とは違ったレトロな雰囲気があります。この2軒は比較的近く、周辺には商店街もあります。角館は藩政時代からあまり街の区画が変わっていないので、古地図片手に歩けるそうです。それが「みちのくの小京都」と呼ばれる所以かもしれません。
角館駅に戻り、「こまち」で今回の最終目的地、秋田に向かいました。
(C) MOTOKO