三沢
2004/07/17(SAT)
前日の宿泊地、函館から特急「白鳥」に乗り、三沢に向かいました。予定では13時半に三沢に着き、40分ほどの乗り継ぎで斗南藩記念観光村行きのバスに乗るはずでした。函館から木古内、青函トンネル内の竜飛海底、そして青森と停車し、そろそろ出発か…と待っていると、東北線内で人身事故発生、とのアナウンスがありました。事故が発生したのは下りとのことで、こちらは上りだし、まぁ40分の余裕があるから大丈夫だろう…と思っていましたが、一向に動く気配がありません。駅員さんに情報を聞いても「警察の現場検証中」との答えがあるだけで、いつ動くかといった情報はまったく入ってきません。東京だったら、長くても30分程度で運転再開となるところですが、結局青森で1時間停車していました。とりあえず、次の停車駅・浅虫温泉までは運転再開しましたが、浅虫温泉でも45分停車でした。途中、斗南藩記念観光村に電話を入れてみましたが、タクシーだと1万円近くかかるということ、近くを通る路線バスはあるが、時刻はよくわからないということを教えてもらいました(^^;この日のうちに行くのは不可能、と判断し、運転再開した電車に八戸まで乗り続けました。私は盛岡までだったので、八戸からの「はやて」にも余裕で乗れましたが、盛岡から先へ行く人たちは持っていた乗車券を後続の新幹線に振り替えてもらっていました。果たして、全員乗れたのでしょうか?八戸駅の新幹線−在来線改札口は、大変な混雑になっていました。
盛岡には予定より2時間早く着いたので、駅前からバスに乗り、岩手銀行中の橋支店や岩手公園を見学。ぶらぶら歩きながら駅前まで戻りました。
2004/07/18(SUN)
この日は花巻でじっくり遊び、時間が余ったら中尊寺あたりまで行こうと思っていましたが、前日、三沢に寄れなかったので予定を変更。花巻をお昼前に出て、午後から三沢に行くことにしました。そうすると、前日とほぼ同じ時間に三沢に着きます。花巻で暇を持て余すほど遊びたかったのですが、今回は仕方がありません。新花巻から盛岡まで新幹線で戻り、盛岡で40分ほど待った後、新幹線で八戸へ。八戸からは普通電車で三沢まで行きました。三沢でのバスの待ち時間は約30分。しかし駅の周辺には特に見所がないので、時間を持て余してしまいました。
1日に数本しかないバスに乗り、三沢空港などを経由して約40分…やっと斗南藩記念観光村に到着しました(^^;確かに、タクシーだったら1万はかかりそうな距離です。まずはバス停近くの売店で観光村、寺山修司記念館、三沢航空科学館を自由に見学できる「観光パスポート」を購入。5年間有効なので、1日に全部周れなくても大丈夫です。このパスポートの存在は、三沢駅に置いてあった観光パンフレットで知りましたが、まだあまり認知度が高くないようで、私が購入したパスポートの番号は25番でした。
斗南藩記念観光村は広大な敷地に見学施設・体験施設が点在していますが、まずは六十九種草堂を見学。これは元会津藩京都公用方勤で斗南藩権小参事を務めた広澤安任の旧宅を再現したものです。中にはマネキンも置かれ、広澤と大久保利通が会談している様子などが再現されていました。現在放送中の大河ドラマ「新選組!」でも何かと近藤勇の力になっている広澤が登場しますが、斗南に移ってきてからの広澤も慣れない農耕牧畜に従事する会津藩士を助け、力となっていたようです。また、公用方勤、すなわち京都の情報を収集する任務を果たしていたために顔が広く、大久保利通などは新政府への出仕を勧めにわざわざ斗南まで出向いてきたそうです。六十九種草堂で再現されているのは、このときの会見の模様でした。
そんな広澤や彼の周辺の人々のことを紹介しているのが開拓記念館です。ワンフロアの小さな資料館ですが、展示内容はなかなか充実しています。残念ながら公用方勤時代の資料は少ないですが、斗南藩に関する書類、記録類が多数ありました。また、大久保や勝海舟、福沢諭吉らの書簡など京都時代を思わせるものや多くの列席者の名が記載されている広澤の葬儀の記録といったものもありました。字が細かくてちゃんと確認できなかったのですが、列席者の中に藤田某という名を見つけました。藤田五郎、すなわち元新選組副長助勤・斎藤一では?と1人で喜んでました(笑)実際、一さんが暮らした「斗南」は田名部ではなく五戸だと言われています。田名部は山川大蔵(浩)、五戸は広澤安任がトップだったので、広澤との交流もあったはずです。確証はありませんが、そうだったらいいな、と思いました。ちなみに葬儀委員長は山川浩だったようです。直筆の和歌などもあり、思わぬところでまた浩ネタを見つけられてラッキーでした♪
開拓記念館の裏には、「開墾村」という斗南藩士の暮らしを再現した街並みや、牧畜の様子を再現するブロンズ像があります。、バスの時間ぎりぎりまで、斗南の街並みを楽しんできました。建物の中に入るとセンサーが作動して、人々の声や生活の音が聞こえてきたのには驚きました(^^;しかし、想像以上に建物は小さく、これで厳しい冬を過ごすことができたのだろうか?と思ってしまいました。
バスに乗り、そのまま三沢駅まで戻る予定でしたが、先ほど購入したパスポートで入館できる三沢航空科学館で途中下車してもまだバスがあることがわかったので、ここで途中下車することにしました。これは日本からアメリカまで、初めて太平洋無着陸横断を成功させたミス・ビードル号が出発したのがこの三沢だった、ということに由来するものです。昨年、現役を引退した純国産の旅客機YS-11の実物や気球、無重力体験のできる機械など、実際に乗れる展示が目玉ですが、その他の体験展示も非常に充実しています。子供向けとは思えない、かなり高度な内容の体験展示もあって見学時間1時間では足りない感じでした。最上階は展望室になっていて、隣接する三沢空港や米軍基地が見えますが、米軍基地は撮影禁止のため曇りガラスになっていました。三沢空港は国内唯一、民間機・自衛隊機・米軍機が離発着する空港のため、このような不自然なガラス張りになっています。
三沢駅へ戻るバスに乗車したのは私1人。行きのバスは3人で、そのうち2人は寺山修司記念館の往復だったので、残念ながらこのバスはあまり観光客にも使われていないようです。パスポートの件もそうですが、もっと大々的にアピールすればいいのに、と思いました。三沢駅からは特急で八戸へ。一駅15分で到着です。八戸からは新幹線で盛岡に戻りました。
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