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テーマ:レトロ、その他

柳川

2005/05/08(SUN)

 福岡を訪れる機会は年に数回ありますが、博多と小倉、門司港以外はあまり行くことがありません。今回は多少時間の余裕もあるので、柳川へ行くことにしました。柳川へは天神から西鉄特急が便利ですが、今回は福岡ゾーンの周遊きっぷを持っていたので、大牟田までJRの特急で行き、大牟田から西鉄で戻ることにしました。大牟田までは「リレーつばめ」鹿児島中央行に乗車。終点まで乗りたいのはやまやまでしたが、大牟田でちゃんと降りました(^^;西鉄は天神からは本数が多いですが、大牟田からは1時間に4本しかありません。柳川まで普通電車に乗り、約30分かけて到着しました。

 柳川駅で自転車を借り、散策に出発です。柳川と言えば街中に水路が張り巡らされた水郷の街。川下りで観光するのが王道です。しかし、川下りは往復3000円とちょっと高めなので、まずは自転車で街の雰囲気を楽しんだ上、2度目にチャレンジしてみようと思いました(^^;途中、水路の横を走ったり、横切ったりしながら自転車を走らせ、柳川城址へ。廃藩置県まで城郭が残っていたそうですが、廃城令ですべての建物および石垣を惜し気もなく取り壊し、今は天守閣跡の土塁がわずかに残るのみです。中学校のグランド横にひっそりと残る土塁は、かなり切ないものがあります。

 そのすぐ近くには御花という施設があります。これは柳川藩主立花家の別邸で、洋館と母屋、庭園が残っています。こちらはお城とは対照的に当時の雰囲気をよく残していて、国指定の庭園だそうです。しかし、残念なことに先日の福岡県西方沖地震で洋館の煙突が破損してしまったそうです。そのままにしておくのは危ないのでクレーンで取り外し、修復作業を進めているとか。そのため、洋館の2階は見学できませんでした。庭園と母屋は、なかなかよかったです。

 そこから歩いても数分のところに、北原白秋生家があります。実際の生家は火災でほとんどを消失し、唯一残った母屋も一時人手に渡っていたそうです。その建物が競売に出されそうになったため、柳川市が買い取り、復元工事を進めて北原白秋記念館および柳川市立歴史民俗資料館として公開し、現在に至っています。白秋は私の大学の先輩でもあり、高校時代に白秋作詞の合唱曲を何度か歌ったこともあるのでなじみがあります。各地の学校や会社に、多数の校歌や社歌を作詞していたことや亡くなる直前に郷土の情景を描いた作品を作っていたこと、それは生前には出版できず、遺作となってしまったことなど初めて知るエピソードも多数ありました。小さいながら展示内容は充実し、おもしろかったです。

 とりあえず、柳川の主だった観光スポットは網羅したので、駅に戻りました。自転車を返却し、佐賀行きの路線バスに乗りました。柳川〜佐賀は約15Kmと意外に近く、電車で行くよりバスが便利です。佐賀へ行った目的は、バルーンフェスタバージョンのキティをGETするため。しかし、観光案内所で尋ねても知らないと言われてしまい、途方に暮れました(^^;市役所の観光課に照会してもらい、問い合わせ先は判明したものの…収穫なしでがっかりでした。

 博多に戻り、とりあえず空港へ。搭乗手続きを済ませ、重い荷物を預けてしまいました。あとはアルコンに参加して、体ひとつで飛行機に乗るだけです(笑)今回も福岡空港離陸は遅れましたが、前回の比ではありません。とりあえず、その日のうちに東京へ戻れました。こうして2005年春、5泊6日のアルコン同行ツアーは無事に終了しました。

川下り 御花 御花 北原白秋生家
川下り御花北原白秋生家



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