会津若松
2000/7/29(SAT)
前日は郡山に宿泊していたので、快速ばんだいで会津若松へ。小雨が降っていたので自転車はやめ、バスの一日乗車券を購入しました。まずは、飯盛山へ。その前に旧滝沢本陣に行ってみることにしました。ここは参勤交代の大名の宿泊所になっていた建物で、戊辰戦争当時には本陣が置かれていました。内部には戊辰戦争の時の弾痕が残っていて、生々しい感じがします。しかし建物は思っていたより小さかったです。
次は白虎隊記念館へ。ちょうど団体と重なったので、館長さんの案内を聞けました。一人で見ているときには気がつかないような資料を説明してもらったりして、ちょっと得した気分でした(笑)ここに来るのは3回目ですが、一さんの義弟、時尾さんの弟の高木盛之輔さんの肖像を初めて(認識して)見ました。三男の竜雄さんとかなり雰囲気が似ていて、一さんの息子さんたちはみんな時尾さん似なんだなぁ…と思ってしまいました。…となると、ここの2階にある肖像画は本当に一さんに似てるのだろうか?と新たな疑問が(笑)その肖像画は、長男の勉さんをモデルにしたものらしいので…。明治・大正まで生きた他の新選組隊士の写真は残っているのに、一さんの写真だけは残っていないので謎が深まるばかりです。
次はバスで会津武家屋敷へ。中の見学はかなり時間を取られるので、「古今」というお土産やさんだけを見てきました。キティちゃんのみちのくバージョンと、「会津の歴史」「北辺に生きる会津藩」の2冊を購入しました。新選組の話題はありませんでしたが、どちらもなかなか読み応えのある資料でした。
再びバスで会津若松駅へ。次は藩校日新館に行こうと思いましたが、バスは約1時間後にしか出ないので、とりあえず腹ごしらえ(笑)わっぱめしとミニラーメンのセットを食べました。時間になったのでバス停へ。猪苗代方面のバスで約10分です。入場すると最初に、日新館の概要説明ビデオを見せてもらえます。次は白虎隊士も学んだ教室、孔子廟、水練池などを見学。ここの水練池は日本最古のものらしいです。江戸時代の藩校で、水練池があったのは萩の明倫館とここ、会津の日新館だけ。また、ここの学問の水準は、水戸の講道館、佐賀鍋島の藩校と並んで、日本最高水準だったということで、多くの留学生・見学生が訪れています。松蔭先生をはじめ、佐久間象山などなど…。そして、ここで会津の気質を改めて実感。「ならぬことはならぬものです」…他の藩ではあり得ない言葉です(^^;戊辰戦争を戦い抜き、斗南での生活にも耐えられたのは、きっとこの教えがあったからなのでは…と思ってしまいました。
バスで会津若松駅に戻り、七日町方面のバスに乗りました。ちょっと歩いて阿弥陀寺へ。一さんの墓参をしてきました。前日は一さんの月命日だったので、お花が供えてありました。七日町通りをぶらぶら歩き、途中の木屋という会津塗りのお店で箸を購入。ここは会津塗りのミニミュージアムを併設していて、外観もレトロです。
そのままぶらぶら歩いて、結局鶴ヶ城まで歩いてしまいました(^^;城内への入場時間は過ぎてしまっていたので、外観だけ写真に撮りました。春は桜できれいでしたが、夏の夕暮れもまた味があっていいです。今度は秋の紅葉か雪の時期に来たいものです。
(C) MOTOKO