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テーマ:幕末、その他

会津若松

2002/11/09(SAT)

 仙台でALFEEのライブがあるので、「土日きっぷスペシャル」を使うことにしました。9月には花巻や庄内方面に行っていますが、南東北方面にはしばらく行っていなかったので、仙台へ向かう前に会津に寄ることにしました。

 7時前に東京駅を出発し、郡山で乗り換えて会津若松駅に到着したのは9:30。東京を出た時には非常に天気がよく、大宮付近まで車窓に富士山が見えるほどでしたが…猪苗代付近から天気がどんどん悪くなり、若松駅に着いた頃にはみぞれ交じりの雨になっていました。これでは自転車を使った散策ができないので、仕方なくバス1日券を購入。
飯盛山、鶴ヶ城、阿弥陀寺とおきまりのコースを回ろうと、時刻表を見てみると…待ち時間が30分ほどあるようです。会津鉄道の乗り換えは15分待ちだったので、先に電車で七日町まで行くことにしました。4月に訪れた時は、阿弥陀寺にしか行かなかったので、七日町駅がレトロな駅舎にリニューアルしていたことを知りませんでした。駅構内にカフェまであり、ついこの前まで何もない無人駅だったのが嘘のようです(^^;

 阿弥陀寺は御三階の横にある大きな木が美しく紅葉していて、ちょうど見頃でした。約半年振りに一さんの墓参をし、境内をぶらぶら散策しました。命日は2ヶ月近く前にも関わらず、墓前にはたくさんの花やお酒が置かれていました。ドラマ「壬生義士伝」の影響なのか、それとも…。墓参する人もなく、さびしいという状態よりはいいですが、観光地化されてしまうのではないかとちょっと不安です。

 阿弥陀寺の裏から1時間に1本、「ハイカラさん」という周遊バスが出ていますが、30分近く待たなければならなかったので、とりあえず七日町の街並みを散策しながら神明通りまで歩くことにしました。かなり雨が強くなり、吹き付けてくる風も冷たくなってきました。七日町駅でお茶でもしながら待てばよかったかな…と気が着いたのは、白木屋の辺りまで来た頃でした(^^;結局、神明通りではなく郵便局前まで歩いてしまいましたが、そのおかげでタイミングよく飯盛山方面のバスに乗ることができました。

 まずは白虎隊記念館を見学。団体さんと団体さんの狭間で、比較的ゆっくりと見学できました。1階の展示室はそれほど変わっていませんでしたが、2階に新たに、野口英世コーナーができていました。新1000円札のサンプルなどもあり、明らかに新札の観光効果を狙っている感じです(^^;2階の展示は以前から、滝廉太郎など必ずしも幕末がらみの展示に限らないので、問題はないんですが…ちょっと違和感を感じてしまいました。
 1階を見学していて、ふと観光タクシーのチラシが目に留まりました。それは会津の新選組史跡を巡る半日のコースで、会津若松駅から如来堂、阿弥陀寺、白虎隊記念館、天寧寺、会津武家屋敷、鶴ヶ城と周るようです。一番最初に如来堂へ行くというのに心惹かれてしまいましたが、ちょっと料金が高めだったので、今後利用するかどうかは微妙なところです(^^;

 記念館から飯盛山を登っていくにつれ、雨が雪に変わりました。この時期に来たのは、ちょっと失敗だったかもしれません…。白虎隊士の墓参をし、自刃の地から遠く鶴ヶ城を望み、下山しました。バスの時間まではまだ余裕があったので、滝沢本陣の写真を撮りに行ったりしながら時間をつぶしました。

 バスに乗り、会津武家屋敷に着いた時には、すっかり吹雪状態になっていました(^^;あまり時間もなかったので、ここで開かれている特別展「白虎隊と新選組」は、今回はパスしました。売店で「近代日本に生きた会津の男たち」という冊子を購入し、次の目的地鶴ヶ城へ向かいました。

 雪は降ったり止んだりの状態でしたが、紅葉と白い天守閣、そして雪が絶妙のコントラストとなっていました。まさに紅葉が見頃で、寒さも忘れて城内を歩き回ってしまいました。天守閣内の博物館では、白虎隊関連の特別展があったようですが、会津武家屋敷での特別展のしょぼさを思うと、ここは見学する価値なし、という結論に達しました(^^;白虎隊関連の史料を見るなら、やはり白虎隊記念館が一番だと思います。記念館の収蔵品は、特によそへ貸し出しているといった形跡もなかったのも、見学しなかった理由の一つです。

 城内を出て、隣接する「鶴ヶ城会館」で地域限定キティをいくつか買い、バスの時間までお城周辺の家老宅跡をまわってみることにしました。まずは、鶴ヶ城会館の正面にある萱野権兵衛邸跡。 萱野は幕末時の家老で、ランクとしては4番目でしたが、トップの西郷頼母は五稜郭へ出陣中、2・3番目の田中土佐と神保内蔵之助は鶴ヶ城開城直前に自刃していたため、萱野が一切の責を負って切腹することになったのでした。萱野邸跡から少し行ったところにはその家老職トップであった西郷頼母邸跡があります。 ここは、西郷一族の女性・子供が鶴ヶ城へ籠城することを拒み、自刃したという悲劇のあった場所です。邸宅跡を示す石碑の他に、西郷の妻らが遺した和歌の刻まれた碑もありました。最後に訪ねたのは山川邸跡です。西郷邸と萱野邸の中間くらいにあり、案内板には「大山捨松旧宅」としか書いていませんが…一さんの仲人でもあった山川大蔵(浩)、東大総長などを歴任した山川健次郎らの旧宅でもあります。一さんの仲人をしたということで、山川大蔵は戊辰戦争当時、30歳くらいだったのかな?と勝手に思っていたのですが…武家屋敷で買った本によると、1845年生まれで戊辰戦争当時は数えで24歳。なんと、一さんより1歳年下でした(^^;仲人の方が年下かぁ…と、ちょっと最近、山川大蔵のことが気になって仕方ありません(笑)

バスの時間になったので、バス停へ。時間通りに会津若松駅に到着すれば、予定していた電車より1本速い快速に乗れます。 少し遅れていましたが、若松駅には電車の発車2分前に到着。なんとか間に合いました(^^;郡山で新幹線に乗り換え、仙台へ。仙台でも雪がちらついていましたが、この日が初雪だったそうです。あまり余裕はありませんでしたが、地域限定キティの問屋を訪ねてからホテルへ。問屋での収穫はありませんでしたが、いろいろと新発売の情報などを入手できたので行った甲斐はありました。ホテルで少し休み、会場にはぎりぎりの到着でしたが…入ってみると、すでに1曲目が始まっていました(^^;最近、開演がほぼ定刻なのを忘れていました(;_;)1曲目は逃してしまいましたが、とても楽しいアルコンでした。

阿弥陀寺御三階 鶴ヶ城 西郷邸跡
阿弥陀寺御三階 紅葉と鶴ヶ城 西郷邸跡



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