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テーマ:幕末、その他

会津若松

2003/09/22(MON)

 8月末に函館へ行った際、函館市立博物館五稜郭分館でとあるポスターを見かけました。「歴史シンポジウムin会津」と書かれたそのポスターには、近藤勇、土方歳三、松平容保の3人の写真が並んでいます。開催日時は9/22の13:30〜。連休の狭間の平日です。非常に惹かれるものがありましたが、仕事も忙しいし、行くのは難しいだろう…とその時は思っていました。その2週間後、京都国立博物館で開催されていた「新選組展」を見学に行った際も、同じポスターを見かけました。基調講演を行う中村彰彦氏の著作は何冊も持っているし、パネラーの畑敬之助氏の「戊辰怨念の深層」という著作は会津側から戊辰戦争を振り返り、長州との現在まで続く確執の原因を探るという興味深いものです。また、木村幸比古氏は京都の霊山歴史館の副館長で、新選組関連の著作も多数ある方。この3名の話を一度に聞けるなんて、そうめったにないこと。やはり行くしかないかな…と、気持ちが揺れ始めていました。休みは取れそうなので、あとはスケジュールを考えるだけ。高速バスを使って日曜から入り、シンポジウム終了後に最終のバスに乗るというプランを立てていましたが、行きのバスが迷っているうちに満席になってしまいました。それに、最終のバスはシンポジウム終了予定時刻の45分後に発車するのですが、シンポジウムの会場とバス乗り場までがかなり離れているため、タクシーを利用してもぎりぎりかもしれないといった状況。運賃は安いものの、万が一最終のバスに乗れなかったときのことを考えると、多少高くても確実に帰れる手段を取ることにしました。その結果が新幹線往復の日帰りプラン。バス往復の1.5倍の運賃はかかりますが、宿泊しなければトータルの料金はそれほど変わりませんでした。

 そんな訳で、朝6時過ぎに出発。台風が関東直撃、という予報もありましたが進路を逸れてくれたようで助かりました。大宮から新幹線に乗り、郡山へ。磐越西線に乗換え、11時前に会津若松駅に到着しました。すぐに接続する列車があったので、まずは七日町へ。阿弥陀寺へ、一さんの墓参に行きました。境内には喪服を着た人が10名ほどいて、東軍戊辰戦役殉難者墓の前で読経が行われていたので、もしかしたら会津藩士の子孫の方々だったのかもしれません。しかし、一さんの墓前はちょっとさびしい状態でした。

 七日町をぶらぶら歩きながら、神明通りまで出ました。とりあえず、一さんの墓参とシンポジウムさえ聞ければ、今回の日帰り会津旅行の目的は達成だと考えていたので、どこへ行くかは考えていません。飯盛山まわりの循環バスが来たので、白虎隊資料館に行こうかと思いましたが、私が見たいと思っている展示品は京都国立博物館に貸し出し中なので、今回はパス。続いて向かった会津武家屋敷も特に見たいものがなかったのでパスしてしまいました。循環バスを半周以上乗りつづけ、花春町というバス停で下車しました。会津の地酒「花春」の酒蔵があるエリアですが、見学はできないので近くにある御薬園に行きました。何度も会津を訪れていますが、ここを見学するのは初めてです。ここは薬泉が湧いたことからその名がつけられ、会津藩御用達の薬草が育てられていました。戊辰戦争中は新政府軍の病院として。戦後は松平容保公の謹慎所として使われました。大きな池のある純和風の庭園で、戊辰戦争の際もほとんど被害を受けなかったという数少ない史跡の一つです。園内をぐるっと散策したあとは、すぐ近くにある天寧寺町土塁を見学。鶴ヶ城築城時に築かれた土塁の一つで、国の史跡指定を受けています。

 そこから15分ほど歩くと鶴ヶ城です。鶴ヶ城会館でキティを探した後、天守閣を見学。中に入って見学するだけの時間がなかったのが残念です。さらに10分ほど歩くと、シンポジウムの会場、会津若松市総合文化福祉センターに着きます。その手前の道沿いで佐川官兵衛顕彰碑を発見。2年前の2001年9月、会津若松市と佐川官兵衛ゆかりの地である熊本県の長陽村と白水村が資金を出し合って建設されたものでした。観光協会などで配布されている地図にはこの碑のことは記載されていないので、今までこの碑の存在を知りませんでした。

 すでに会場内には入場の列ができていました。無事に座席を確保し、会場内で軽く昼食。スタート直前には、立ち見まで出ていました。入場の際、観光パンフレットなどを多数もらいましたが、その中に白虎隊資料館発行の有料パンフレットが含まれていました。実はこのパンフレット、前回の会津旅行の際に購入し、誤記を発見したので資料館に改訂を求めていたものでした。この9月に改訂版が発行されたようですが、その中ではちゃんと修正されていたのでよかったです。その誤記の個所は一さんの紹介文で、本当は息子3人なのに「2男1女をもうけ」となっていました。資料館に指摘したところ、「3子をもうけ」と修正してくれました。些細なことですが、ファンとしては無視できませんでした(笑)

 シンポジウムは二部構成で、前半は中村彰彦氏による基調講演、後半は日野、京都、会津、函館と新選組ゆかりの地から招かれたパネラーによるディスカッション。どちらも興味深いものでした。特にディスカッションは、畑氏が持ち時間を大幅にオーバーしてしまったため、コーディネーターに怒られるという一幕も。初めて聞く話題もあり、あっという間の3時間でした。

 予定より5分遅れてシンポジウムは閉幕。バスで若松駅前まで戻りました。バスが遅れたので、あまり時間はありませんでしたが地酒や会津の出版社から出ている史跡ガイドブックなどを購入し帰路に着きました。

御薬園 御薬園御殿 天寧寺町土塁 佐川官兵衛顕彰碑
御薬園天寧寺町土塁佐川官兵衛顕彰碑



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