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テーマ:イーハトーヴ

花巻

1996/3/3(SUN)

 大学1年の時に受講していた「日本文学」の授業で、「注文の多い料理店」と「銀河鉄道の夜」を読んだのをきっかけに、私は宮澤賢治の世界に興味を持ちました。賢治さんの作品は幼い頃に読んだことがあったのですが、 もっと深い解釈を得ることができたためか…その時とは違う印象を受けました。それ以来、賢治さんの作品を読むようになり、宮澤賢治という人、自身についても興味を持つようになりました。そして、彼の故郷である花巻に行ってみたいと思っていました。1996年3月に、初めて花巻を訪れることができました。

 前日に早混の演奏会があったため、この旅の出発地は山形でした。宿泊していた羽前千歳からいったん山形駅まで出て、仙山線で仙台へ向かいました。山形から仙台まではわずか1時間。そして東北新幹線で新花巻駅まで行きました。仙台から新花巻までは約1時間半です。新幹線から降りると…外は雪でした(^^; 「花巻」と言う街の表玄関は、東北本線の花巻駅なので、この新花巻駅の周辺には、あまり商店などはないのですが…駅前に「セロ弾きのゴーシュ」のレリーフがあります。この前に立つと、作品の中にも登場する「トロイメライ」が流れます。

 駅から約2Km離れた胡四王山の上に「宮澤賢治記念館」はあります。ここからは北上川や花巻市街が見渡せるようになっています。記念館の館長さんは賢治さんの親類にあたる方だそうです。館内には賢治の年譜、直筆原稿、出版された本をはじめとして、 賢治にゆかりのあるもの…たとえば、作品に登場する星座の写真、鉱物、農業に関する資料、 賢治さんが作った曲の楽譜、そして愛用の手帳やセロなどが展示してあります。また、映像コーナーやミニプラネタリウムもあります。ちなみに、入館料は学生で250円!!これだけ充実しているのに、この値段には驚きました(^^;ここは、賢治ファンはなおさらのこと、ファンでなくても十分楽しめるところだと思います。私の場合、初めて行ったときには、2時間以上は滞在していたと思います。

 記念館から山を下りる道の途中に、花壇があります。ここは賢治さんが書いた図面に基づいて、設計されたものだそうです。そこをさらに下っていくと、「イーハトーヴ館」があります。ここは、展示よりも資料の閲覧を目的に建設された施設です。賢治研究者たちが集まって、 こちらでシンポジウムや研究会が行われることがよくあるそうです。この3月の時には企画展示として 「宮沢賢治と小岩井農場」展をやっていました。第1回目の時は、時間の関係でこの2カ所しか見られませんでした。花巻にはこのほかにも見所が たくさんあります。そのため、もう一度花巻を訪れたい、とずっと思っていたのでした。

新花巻駅前のレリーフ
「セロ弾きのゴーシュ」レリーフ
賢治記念館
宮澤賢治記念館
イーハトーヴ館
イーハトーヴ館



宮澤賢治
1896(明治29)年8月27日、岩手県稗貫郡里川口村(現・花巻市豊沢町)に生まれる。中学時代から短歌などの創作活動を開始し、県立盛岡高等農林学校農学科(現・岩手大学農学部)卒業後は父との対立もあり、東京へと家出するが、妹トシの病気を機に花巻へと戻り、稗貫農学校(現・花巻農業学校)の教師となる。1924(大正13)年4月、心象スケッチ「春と修羅」を自費出版。12月には東京光原社から「注文の多い料理店」を刊行するが、ほとんど認められなかった。その後教師を辞め「羅須地人協会」の活動を始めるが、肺結核のため病臥。一時回復し、東北砕石工場の技師として働くが、再発。1933(昭和8)年9月21日、37歳で永眠。



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