鹿児島
2002/2/3(SUN)
鹿児島はこれで3回目なので、だいぶ見所も押さえつつあります。事前には観光プランを練っていませんでしたが、天気もよいので、博物館などより景色を楽しめる場所に行くことにしました。小松帯刀像、西郷隆盛像を見ながら鶴丸城跡へ。黎明館を見学しようか迷いましたが、バスの時間まで20分程度しかなかったのでやめておきました。しかし、中途半端に時間があるのでちょっと歩いて西郷終焉の地へ。城山の西郷洞窟から歩いて10分ほどだと思いますが、このあたりは西南戦争の最後の激戦地となったところです。今は全く当時の面影を残していないのが、寂しい限りです。
鶴丸城跡まで戻り、バスで城山へ。少しもやがかかっていて桜島がはっきり見えなかったのは残念ですが、ここからの眺めはやはり最高です。ここはまだ2度目ですが、鹿児島で一番気に入っている場所の一つです(^^)
バスで今度は南洲墓地へ。顕彰館は時間がなさそうだったので省略です(^^;ここには1000基以上の墓石があり、2000人以上が眠っているそうです。正面にある西郷隆盛をはじめとした隊長クラスの墓ばかりに注目していましたが、それ以外の墓石を見てみると20代・30代の若者が多いことに気がつきました。京都の霊山護国神社、下関の桜山神社などもそうですが、幕末から明治にかけて自らの命をかけて何かを成し遂げようとした人々の多さに圧倒させられました。初めて鹿児島に来た時は、かなりの長州びいきだったので薩摩の幕末史観についてはあまり納得できない部分もありました。しかし、新選組などの佐幕派にも興味を持つようになり、最近はいろいろな角度から幕末史を検証できるようになってきました。幕末においては長州や旧幕軍の犠牲が多く、薩摩はおいしいところだけを持っていっているような印象でしたが、最後の最後になって西南戦争で最もつらい部分を味わったのだと思います。また少し、薩摩に対する印象が変わったひと時でした。
再びバスに乗り、仙巌園へ。庭園内をぐるっと散策し、尚古集成館を見学してきました。城山でははっきりと見えなかった桜島も、ここからはよく見えました。また、尚古集成館では幕末〜明治にかけての島津家当主ゆかりの品々が特別展示として公開されていました。展示品はそれほど多くありませんでしたが、大礼服や天皇からの下賜品などがありました。
まだ時間に余裕があるので、今回は少し足を伸ばして桜島まで行くことにしました。かごしま水族館前でバスを降り、フェリーターミナルから船に乗ること約15分。運賃は片道150円と、バスよりも安いです(笑)船は24時間運行とのことで、まさに市民の足だな…と思いました。鹿児島の町から見る桜島も雄大ですが、実際に船で島まで渡ってみるとさらに迫力を感じます。大正時代の噴火の際に埋没してしまった鳥居や林芙美子らの句碑などの観光スポットは島内に点在しているので、今回はとりあえずフェリーターミナルから歩いて行けるビジターセンターに行くことにしました。ここは桜島の火山活動に関する映像上映やパネル展示などを行っている施設で、入場料金は無料です。手軽に桜島の歴史や火山活動について学べる、なかなかよい施設だと思います。ビジターセンターの裏手はすぐ海ですが、袴腰烏島溶岩探勝路として整備され、溶岩の流れ込んだ海岸線を歩くことができます。また、この辺りは公園としても整備されつつあるようでした。
フェリーターミナルに戻り、再び鹿児島港へ。バスと電車を乗り継いで、加治屋町まで行きました。この辺りは幕末の薩摩藩を支えた西郷隆盛、大久保利通ら多くの志士たちを輩出している地域です。まずは維新ふるさと館を見学。新しい展示として、西郷どんの義妹にあたる方が薩摩弁で語るテープを視聴できるコーナーが設けられていました。このような純粋な薩摩弁を話せる人は、もうほとんどいないとのこと。しかし、何を言っているのか全然わからないので、標準語訳のパンフレットと照らし合わせながらの視聴となりました(笑)見学後は加治屋町をぐるっと散策。橋を渡ったところにある大久保利通誕生地なども見てきました。
あまり時間がなくなってきたので、最後に照国神社に行きました。ここに奉られているのは幕末の藩主、島津斉彬。境内には銅像と戊辰戦争や西南戦争で亡くなった人々の慰霊碑がありました。境内には資料館もありましたが、残念ながら今回は見学することができませんでした。そのまま天文館のバス停まで行き、空港へ。結局、西南戦争の史跡はほとんど網羅できませんでした(^^;次回は、もう少し計画を練ってから来たいと思っています。
(C) MOTOKO