箱根
2002/03/03(SUN)
私は国内旅行が趣味です。北は北海道から南は鹿児島まで、全国を旅していますが…東京から日帰りで行けるような場所には、あまり行ったことがありません。そこで、今回は週末のちょっと空いた一日を利用して箱根に行ってきました。
横浜から特急踊り子観桜号に乗ること約40分。あっという間に小田原に着いてしまいました。この特急は臨時列車で、伊豆急の「リゾート21」という海側が展望座席になっている特別車両を使っていました。この列車には、子供の頃よく乗っていたので、非常に懐かしかったです。小田原でフリーパスを購入し、バスに乗りました。箱根方面へのバスは2社が運行をしていますが、フリーパスは別々なので乗るバスを間違えてしまうと大変です。少しくらい料金が高くてもよいので、共通のフリーパスがあればいいのに…とと思いました。
小田原から20分ほどで箱根湯本に到着します。箱根湯本といえば温泉ですが、実はここは戊辰戦争の戦場の一つでした。伊庭八郎や人見勝太郎の率いる幕府遊撃隊と、小田原藩との間で戦いが起こり、この湯本三枚橋の上で八郎は左腕に重傷を負います。八郎は旧東海道の畑宿で左肘下を切断し、十国峠を越えて熱海へと敗走しました。三枚橋は現在ではコンクリートの橋になり、国道1号線と旧箱根街道との分岐点となっています。橋から小田原方面へ国道1号線を少し戻ったところには山崎古戦場跡の石碑があり、八郎の名もそこに刻まれています。ここでの戦いはわずか1日で終了しましたが、薩長軍につくか旧幕府軍につくかの態度を曖昧にしていた諸藩にとっては旧幕府軍の不利を実感する結果となってしまいました。その結果、旧幕府軍は北へと転戦していくこととなります。子供の頃から何度も訪れている箱根ですが、また新たな一面を発見できたような気がします。
湯本駅のバスターミナルまで戻り、元箱根行きのバスに乗りました。小田原から湯本まではゆるい上り坂でしたが、湯本から先は急カーブの続く山道です。乗り物には強い私でも、少し気分が悪くなりました(^^;こんな坂を、箱根駅伝では選手達が走って登っているのかと思うとその体力に驚かされます。湯本から芦ノ湖までは40分ほどかかりました。
元箱根でバスを乗り継ぎ、箱根関所跡へ。関所は現在復元作業中で、平成17年までは仮の施設になっています。近くにある関所資料館も見学し、その後は芦ノ湖遊覧船に乗ってみました。小雪の混じるような悪天候だったので、湖上から富士山を眺めることはできませんでした。湖内をぐるっと周り、元箱根で下船。
まだ時間があるので旧街道資料館も見学することにしました。元箱根から旧街道経由湯本行きのバスに乗り、「甘酒茶屋」で下車。この甘酒茶屋というバス停名のもとになっている茶屋は現在12代目となる老舗で、旧街道を行き交う人々でにぎわっていたとのことです。現在もここを訪れる人は多く、店内は大混雑でした。残念ながら名物の甘酒を飲むことはできませんでしたが、資料館や旧街道の石畳を少し見学して元箱根まで戻りました。旧街道経由で湯本まで戻ってもよかったのですが、バスの本数が一日4本と非常に少ないので、元箱根まで戻ることにしたのです。
元箱根からバスに乗ったものの…宮の下あたりから渋滞にはまってしまい、1時間半くらいかかってしまいました。これなら旧街道経由のバスを40分待った方がよかったかな…と思いました(^^;湯本でお土産屋さんなどをのぞいた後は、畑宿まで行ってみようかと思いましたが…湯本〜畑宿間も1時間に2本しかバスがないので、今回はあきらめて小田原まで戻ることにしました。しかし、小田原行きのバスがなかなか来ません。結局、20分待ってしまいました。今度は箱根登山鉄道が利用できるフリーパスを使おうと思います(^^;
小田原市内に戻り、小田原城をじっくりと見学した後は伊藤博文の別荘であった創浪閣、御幸ヶ浜海水浴場などをぶらぶら見ながら小田原駅へ。1日でも十分満喫できた旅でした。そして帰りは、特急スーパービュー踊り子号の展望車でした。往復の電車が特に快適だったので、また近いうちに行ければ…と思っています。
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