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テーマ:幕末

北川

2005/07/09(SAT)

 1年半ぶりの高知です。今年は雨量が少なく、もしかしたら晴天に恵まれるかも…と期待していましたが、やはり雨。高知との相性の悪さを実感する旅になりました(^^;  空港到着はやや遅れて10:10。高知駅行のリムジンバスには乗らず、タクシーで向かったのは土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線の後免町駅。今回の目的地はその終点、奈半利です。高知駅までバスで行き、そこから戻っても料金的にはほとんど変わらず、しかも1時間早い電車に乗れるのでお得です。空港到着から2時間弱で奈半利駅に到着しました。そこから向かうのは北川村。幕末の志士、中岡慎太郎のふるさとです。  村立バスで約30分のところに生家跡、記念館、遺髪墓などがあります。まず最初に、中岡慎太郎館に入館しました。1階は映像とパネルを中心に、慎太郎と周囲の人々を紹介しています。タッチパネルで、慎太郎が助かっていたらその後、どんな人生を歩んだかをシュミレーションできるコーナーがあり、おもしろかったです。2回チャレンジし、最初は北海道開拓士として力を発揮する、2回目は西南戦争で西郷軍につき、城山で散る…と出ました(^^;2階は遺品や日本刀など関連史料の展示でした。慎太郎の遺品はほとんどないということで、2階に展示されている裃と袴は貴重な物かも知れません。長さを見てみると、上下で100センチ程度とのこと。慎太郎は非常に小柄だったという話が伝わっているので、やはり…という感じがしました。

 見学を終え、次のバスまでの2時間半をどうしようか…と考えながら、まずは慎太郎が4歳から書を学ぶために通っていたという松林寺へ。今は廃寺となっていますが、慎太郎の遺髪墓、妻や両親の墓があります。お参りをし、荒れた本堂を見て約10分で見学終了です。時間が余り過ぎるかも…と思いながら記念館前まで行くと、学芸員さんに声をかけられました。なんと、奈半利駅まで送っていただけるとのこと。ラッキーです(笑)まずはその前に、慎太郎生家を案内していただきました。

 慎太郎は天保9(1838)年、北川郷の大庄屋の長男としてこの地で誕生しました。幼いころから向学心が高く、7歳のころには片道50分もかかる田野学館に通い始め、そこで武市半平太を知ります。武市を師と慕い、やがて高知城下の武市道場で剣を学び始めます。武市が結成した土佐勤王党の活動に身を投じ、幕末の荒波の中に飛び込んで行きます。この生家には脱藩するまで住み、残された家族が高知へ転居した明治13年に建物は取り壊されたそうです。現在の建物は昭和40年代に復元された物で、間取りは忠実に再現されているものの、内装は当時を知る者がいないので、想像とのこと。ただ、大庄屋という割りには部屋が3つしかなく、非常に狭いです。学芸員さんのお話によると、土佐藩は山と海に囲まれた狭い土地なのでそもそも人口が少なく、庄屋はその人々を束ねる役割を果たしていたので、この狭さでも事足りていたのでは、とのことです。中には慎太郎の銅像が2つ、置かれていました。客間の雰囲気は、京都の八木家に少し似ています。余談ですが、記念館は1994年、ふるさと創成資金を元手に建てられたものだそうです。金のカツオなどが有名になってしまったので、慎太郎館の知名度が今一つ…と学芸員さんが嘆いていました(^^;

中岡慎太郎館 松林寺遺髪塚 中岡慎太郎生家 中岡慎太郎像
中岡慎太郎館松林寺遺髪塚中岡慎太郎生家中岡慎太郎像


 車に乗せていただき、今は中芸高校となっている田野学館の跡へ。土佐藩の支所として設けられた安芸郡奉行所に併設された藩校で、武市は剣術師範として出張していました。そしてその武市が、吉田東洋暗殺の件で投獄されたのを受けて、田野学館出身者を中心とした野根山二十三士が談判状を提出します。しかし彼らも捕らえられ、ほとんど審議を受けることもなく奈半利川の河原で全員斬首されます。処刑前、一時的に投獄されていたのもこの地です。獄舎跡は校舎の裏手にひっそりと石碑が建てられていました。

 刑場となった河原はすぐ近くです。昭和に入ってやっと評価がされるようになった野根山二十三士を顕彰する碑が建っていますが、学芸員さんの話によると、刑場はもう少し上流にあったそうです。また、この野根山二十三士顕彰碑の揮毫は田野出身の浜口雄幸首相です。もし、もう少し早く評価され、石碑が建てられていたら、揮毫は板垣退助かも…と想像しました。

 最後に、二十三士の眠る福田寺へ。この頃には雨も風もさらに強くなり、全身びっしょりでした(^^;二十三士と武市の関係を記した大きな案内板があり、墓所の他にも武市の銅像、石田英吉揮毫の顕彰碑がありました。とてもゆっくりと見学できる状態ではなかったので早々と帰らざるを得ませんでしたが、ここまで見学できたのは本当にラッキーでした。奈半利駅まで送っていただき、学芸員さんにお礼を言って車を降りました。ぜひ機会があれば、また寄らせていただきたいものです。

 奈半利駅からは室戸岬行きのバスが出ていますが、とても室戸に行きたい気分にはなれなかったので、おとなしく高知に戻りました(^^;

田野学館跡 野根山二十三士顕彰碑 野根山二十三士墓 武市半平太像
田野学館跡野根山二十三士顕彰碑野根山二十三士墓武市半平太像



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