京都
2001/9/15(SAT)
今回の京都旅行は、いつもとは少し違います。いつもなら一人でのんびりとすることが多いのですが、今回は母を同行し、前日はユニバーサルスタジオジャパン(USJ)へ行くという…かなりイレギュラーな旅になりました。京都では自由行動(笑)だったので、この2日間はいつもと同じようなマイペースな散策をしてきました。
久しぶりに観光二日乗車券を購入し、京都駅からバスで泉涌寺道へ。戒光寺墓地で平助の墓参をし、バスで東寺方面へ。そこでバスを乗り継ぎ、小枝橋へ行きました。ここは王政復古に伴う徳川家の処遇に不満を持ち、橋を渡って京へ入ろうとする会津・桑名軍と城南宮に本陣を置いていた薩摩軍との間で「通せ」「通さぬ」の押し問答が続き、やがてしびれを切らした薩摩軍が発砲したことによって戦いが始まった…いわば戊辰戦争開戦の地です。よくガイドブックなどで見かける写真の橋は少し前に架け替えられ、解体工事が行われている最中でした。現在は交通量がかなり多く、幕末当時の面影が残っていないのが残念でした。
バスで大石橋まで戻り、地下鉄と近鉄を経由して今度は伏見奉行所跡を見に行きました。その前に、戊辰戦争の際には薩摩藩の本陣が置かれた御香宮神社へ。新選組も布陣していた伏見奉行所の旧幕軍との間で、激しい戦闘が繰り広げられたそうですが、本殿などは焼失することなく、当時のままで残っています。ここは安産と子育ての神様が祀られているので、出産を控えた友達に安産のお守りをもらいました。
伏見奉行所は御香宮神社から歩いて数分です。今は団地の入口に石碑が建っているだけですが、このあたりの地名は「西奉行町」というそうです。今回は電車を使いましたが、実は寺田屋などがある中書島あたりからも徒歩圏内であることが後でわかりました(^^;次回はもう少し時間を取って、伏見を散策してみようと思います。
近鉄と地下鉄を経由して、次は二条城へ。期間限定で本丸御殿が公開されているとのことで、久しぶりに見学してみることにしました。二の丸御殿内は今までに何度か見たことがありますが、幕末に関する知識が以前よりも深まっているので、大政奉還を発表した大広間一の間などは特に興味深く見学することができました。でも、ずらっと並んでいた人形は怖かったです(笑)本丸御殿の方は、元は御所内にあった桂宮御殿で、明治時代に移築されて本丸御殿となったものです。外観は和風ですが、内部は和洋折衷といった感じでした。建物は3階建てで、東山が一望できます。また、内部は大正時代に電気が通されているため、各部屋にはランプがあるのも面白いです。絨毯敷きの部屋もあれば畳の部屋もあり…その畳の縁は、身分の高い人の部屋は赤、その他は緑と分けられていました。赤い縁の畳を見たのは初めてでしたが、華やかで少し洋風だな…と感じました。
見学を終えて外に出ると、かなり雨が強くなっています。しかし、梨木神社で萩まつりをやっているとのことなので、行ってみることにしました。まだ萩は見頃ではありませんでしたが、見学に来ている人は多かったです。せっかくなので、染井の水をいただいていこうと思ったのですが、まつりの期間中は水をもらえないとのことで、残念でした。
夜は母と一緒に夕食付きの観光コースに参加することにしていたので、見学はこの辺で終了し、京都駅へと戻りました。参加したのは「夜の京都ゴールデン」というコースで、日本庭園を見学後、懐石風京料理の夕食。その後、祇園の「ギオンコーナー」で文楽、京舞、狂言などの伝統芸能を鑑賞します。狂言は中学の頃に見たことがありますが、改めて見てみるとなかなか面白く、今度見に行ってみようかな…と思いました。
 鳥羽伏見戦場跡 |
 御香宮神社 |
 伏見奉行所跡 |
 二条城本丸御殿 |
2001/9/16(SUN)
京都駅に荷物を置き、地下鉄で国際会館駅へ。そこからはバスで岩倉方面へと向かいました。岩倉を訪れるのは3年ぶりです。今回の目的地は岩倉具視の旧宅ではなく、池田屋騒動の犠牲者が眠る三縁寺です。このお寺は元々は三条大橋のそばにありましたが、20年ほど前に岩倉に移転しています。池田屋と元の三縁寺は非常に近く、祇園会所や丹虎の場所と合わせて、なんとなく当時の様子がイメージできます。今は遠くなってしまって、なかなか訪れることができないのが残念です…。
北大路バスターミナルまでバスに乗り、バスを乗り継いで次は下鴨神社へ。参道のある「糾ノ森」とともに世界遺産にも登録されていて、幕末には攘夷の成功を祈願した孝明天皇が、将軍・徳川家茂と禁裏御守衛総督・一橋慶喜を同行し、上賀茂神社・石清水八幡とここを訪れています。ここは京都でもっとも古い社寺の一つで、上賀茂神社と併せて「加茂社」と呼ばれていました。境内には歴代の天皇が祈願をした解除所もあります。のんびりと散策したかったのですが、昼過ぎに友達と待ち合わせていたので、今回は境内を少し歩いただけでした。
待ち合わせの時間にはまだ少し余裕があったので、バスで四条河原町まで行き、中岡慎太郎寓居跡を探してみました。四条河原町の交差点を三条へ少し上がった右側の、ミキハウスの所に石碑が建っていますが、近江屋跡や池田屋跡より見つけにくいです(^^;龍さんの潜伏していた酢屋にも、近江屋にも非常に近く、この一帯は多くの志士が行き交っていことを改めて実感できました。
京阪三条までぶらぶらと歩き、地下鉄で京都駅へ。友達とはJR伊勢丹の都路里で待ち合わせし、いろいろな話をしながら茶そばと白玉氷をいただきました。いつも行っている高台寺店よりは広いですが、かなりの混雑でした。
先に帰京する友達を新幹線改札まで見送り、今度はバスで嵐山へ。渡月橋の所で降りようと思いましたが、かなり混んでいたので今回はやめました。そのままバスで終点の大覚寺へ。寺の隣には、よく時代劇のロケで使われている大沢池があります。俊介くん主演の「熱血!周作がゆく」でもここが使われていたので、どうしても見ておきたかったのです(笑)特に、第一話で使われた林が印象的で、なんだか感動してしまいました(笑)
そんなことをしているうちに、時間が過ぎてしまい…そろそろ戻らなければなりません。京都駅行きのバスに乗り、前回行けなかった壬生へ行くことにしました。前川邸の入口が珍しく開いていたので、ちょっとのぞいてみると…庭と、古い感じのする家が見えました。八木邸のように公開してくれたらいいのに、と思ってしまいます。その八木邸横の鶴屋で、今回は屯所餅を買ってみました。次の週末に会う友達へのおみやげに…と思ったのですが、保存料を使っていないので3日しか保たないとのこと(^^;なので、自分で食べる分だけ買うことにしました(笑)
最後に油小路へ行きたくなったので、堀川通経由の京都駅行きバスに乗りました。七条堀川で降り、七条油小路から本光寺の前へ。ここへ来るたび、切なくなってしまいます。それでも、ここを訪れないわけにはいかないのですが…。本光寺の門は開いていましたが、今回は見学しないで帰りました。
(C) MOTOKO