京都
2003/03/21(FRI)
3連休+αを利用して、京都に行ってきました。2月のANA一日乗り放題の際には大徳寺と戒光寺墓地、東福寺くらいしか行けなかったので、今回は時間の限り京都を堪能してきました。また、京都以外にも姫路や比叡山まで足を伸ばしてきました。普段、忙しい日々を送っているので、この4日間で心身ともにリフレッシュできたのがとてもよかったです。
当初の計画では、伊丹行きの始発便に乗って姫路へ直行し、2時間ほど観光して明石の友達と会うはずでした。しかし、全日空の搭乗システムトラブルによって羽田で2時間半の足止め…8:15伊丹発のはずが、10:40着になってしまいました(;_;)3/1の管制システムトラブルは他社便にも影響が出ていたので、多少あきらめモードが入りましたが、今回はANAのみのトラブル。しかも正確な情報が伝わるまでに非常に時間がかかり、航空券を発券できたのが8時過ぎ、機内に案内されたのが9時過ぎでした。始発便だったので、まだ欠航にならなかっただけよかったですが…それでもこの遅れの影響は非常に大きかったです。姫路にはどうしても行きたかったので、伊丹空港到着後すぐに友達と連絡を取り、先に明石で会ってもらえるようにしました。モノレール、阪急、山陽電鉄と私鉄を乗り継ぎ、12時半に山陽明石駅に到着。昼食&お茶をしてきました。いろいろと融通を利かせてもらったTomokoさんに感謝ですm(_ _)m
明石からは山陽電鉄の特急で山陽姫路駅へ。姫路では大河ドラマ「武蔵」関連のイベントスペースや姫路城を見学してきました。姫路から梅田に戻り、HepNavioのサンリオに立ち寄ってからようやく京都入りです。当初の計画では高台寺か二条城の夜間ライトアップに行くはずでしたが、疲れきっていたのでこの日はどこへも行きませんでした(^^;
2003/03/22(SAT)
前日の疲れのためか、少々寝坊してしまいました(笑)当初の計画ではこの日に比叡山へ行くつもりでしたが、天気もあまりよくなかったので予定を変更。三縁寺など岩倉方面へ向かうべく、出町柳駅まで行きました。叡山電車で岩倉か三宅八幡まで…と思っていると、1日乗り放題のきっぷが目に付きました。スルッとKANSAIの3DAYSチケットでは叡電には乗れないので、どうせならこのきっぷを使ってみようか…と思わず購入(笑)しかし、岩倉あたりでは元が取れないので、思い切って鞍馬まで行くことにしました。鞍馬は伊庭八郎の「征西日記」を読んで以来、一度は行ってみたいと思っていました。八郎は鞍馬から貴船へ抜け、補陀落寺(小町寺)、上賀茂神社を参詣し、二条城付近の宿舎へ戻るというコースを取っています。バスや電車を利用しても、これだけのコースを巡るには1日がかりなのに、すべて徒歩で巡っている八郎の体力・脚力には驚きです。全く同じコースを巡るのは無理があったので、鞍馬〜貴船〜小町寺だけ真似してみました(笑)
叡電の終点、鞍馬駅から5分ほど歩くと鞍馬寺参道入口の仁王門に着きます。寺は山の上にあり、歩いて登るコースもありますが100円で乗れるケーブルカーもあります。数分で山上に到着し、そこからさらに10分ほど登ると本殿金堂の前に出ます。ここからの眺めはすばらしいものでした。ここから貴船へは約1Km。「女性の一人歩き禁止」という看板があったものの、一人で歩いている人もちらほら見かけたので、大丈夫だろうと山越えを始めました。義経が毎夜稽古のために通ったという道。途中に湧き出る清水には「義経息つぎの水」という名前が付けられていました。このあたりまでは余裕で登ってこられましたが…徐々につらくなってきました。10分ほど登り続けると、背比べ石の所へ出ました。義経16歳の背と同じ高さがあるそうですが、非常に小さな石でした。当時の義経はおそらく、小学校低学年くらいの身長であったと思われます。ここから道は二手に分かれ、左手はいわゆる木の根道、右手は普通の下り道です。もちろん右手の道を選びました。しばらく下ると、僧正が谷不動堂の前に出ました。小説などでおなじみの、義経(牛若丸)と鞍馬天狗の出会いの場所です。隣接して、義経堂という義経を祀ったお堂もあります。少し登りがあった後は、木の根道を一気に下ります。木の根が階段のようになっているところもあり、おそらくこのあたりは八郎が通った約140年と変わらない道なのではないかと思いました。途中には鞍馬寺の奥の院魔王殿があります。参拝しようと思いましたが、中から男の人の歌声が聞こえます。魔王殿の雰囲気よりもその歌声の方が怖かったので、そそくさと退散しました(^^;下り道では多くの人とすれ違いましたが、みなつらそうでした。貴船から登るよりも鞍馬から登った方がかなり楽だと思います。
鞍馬寺を出て約1時間で西門に到着。ここから歩いて5分ほどのところにあるのが貴船神社です。貴船といえば夏の「川床」で有名ですが、神社境内にある御神水で占う「水占い」も非常に有名です。適当に選んだおみくじを水に浸すと、文字が浮き出てきます。結果は下から2番目の末吉でした(^^;貴船は水の神を祭っているので、ところどころで川のせせらぎや水の流れる音が聞こえます。ここまでの道のりは非常に遠かったですが、その疲れを癒してくれるような音でした。
貴船からはバスで叡電の貴船口駅へ。少し待っただけで出町柳行きの電車がきました。途中の市原駅で下車し、10分ほど歩いて補陀落寺へ行きました。バス停も、寺名の表示も「小町寺」となっていることからもわかるように、ここは小野小町ゆかりの寺です。老齢となった小町が余生を送ったという伝説が残り、小町と深草少将の供養塔があります。観光地化されていないので、ゆっくりと見学することができました。帰りは歩いて市原駅へ戻ってもよかったのですが、すぐにバスが来たのでそれに乗りました。ところが駅前の道は交通量が多いのに信号もなく、なかなか渡れずにいたところで目の前で出町柳行きの電車が行ってしまいました(;_;)仕方がないので15分待ち、出町柳駅へ。
少しゆっくり目の昼食を取ろうと思い、目当ての豆腐屋がある北野天満宮に向かいました。しかし、とっくに昼時を過ぎているにも関わらず、そこには長蛇の列がありました(^^;時間内に入れそうにもなかったので、別の店に行くことにしてとりあえず北野天満宮を見学。桜はまだでしたが、梅が見頃でした。東京では1ヶ月くらい前が見頃だったので、満開状態だったのが意外でした。色とりどりの梅が咲き誇る境内は、ほのかな甘い匂いに包まれていました。そして豆腐屋「藤野」が経営するカフェでお茶。黒豆コーヒーと豆腐を使ったケーキを食べてきました。おいしかったですが、ぜひ次回は「山本」が経営する「とようけ茶屋」で食べてきたいものです。
夕方、友達と会う約束がありましたが、まだ時間があるので北野白梅町から嵐山へ。新作のキティをチェックしたり、嵐山公園の桜の咲き具合を見てきましたが、、まだ固いつぼみのところが多かったです。いったんホテルに戻った後、友達と「うしのほねあなざ」で夕食を取りました。古い町家を改築してるので、2階は屋根裏のようになっていていい雰囲気でした。
2003/03/23(SUN)
天気がよかったので、ようやく比叡山に行くことができました。行きは出町柳から叡電で八瀬比叡山口駅まで行き、ケーブル+ロープウェイで。帰りは坂本ケーブルで坂本方面へ抜けました。浜大津から三条京阪まで戻り、日没まで東山方面の観光をすることにしました。
まずは京都滞在3日目にしてやっと時間が取れたので、戒光寺墓地へ。東大路が混んでいたので、東山三条から20分以上かかってしまいました。2月に来た時より供物が増えてて、花もあったのでちょっと安心しました。しかし、来年の大河ドラマが始まったら、こうやってゆっくり平助の墓参をすることもできなくなってしまうのでは?という不安もあります(^^;誰も墓参に訪れないのもさびしいですが、観光地化することだけは絶対にイヤです…。
再び東大路を北上し、五条坂バス停で下車。奥の院御本尊御開帳中の清水寺に行きました。しかし、境内の見学は受け付けていたものの、御本尊の特別拝観は受付が終了してしまっていました(;_;)年末まで特別拝観はやっているので、今回はあきらめて境内周辺を散策。西郷隆盛とともに錦江湾に入水した勤皇僧、月照ゆかりの塔頭、成就院に行きました。内部は非公開ですが、清水寺北総門近くには西郷揮毫の石碑があります。今まで何度も近くを通っていたのに、それらを意識して眺めたのは今回が初めてでした(^^;
その後は産寧坂、二年坂で買物をしつつ月真院の前を通過して円山公園へ。こちらも桜はまだまだでした。白川沿いに祇園をぶらぶら歩き、三条河原町、そして四条河原町へ。特に何をするでもなく、京都の街の雰囲気を楽しむだけでしたが、至福のひと時でした。
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| 成就院月照の碑 | 産寧坂 |
2003/03/24(MON)
帰りは関空21:25発の便なので、18時過ぎに京都を出ればOKです。丸1日使えるので、まずは行きたいと思いながらなかなか行けなかった、淀の妙教寺を訪ねました。このお寺は鳥羽伏見の戦いの激戦地に近く、寺の本堂には銃弾が貫通した柱が残っています。昨年末、千両松埋骨地に行った際捜索したものの、結局は見つけられなかったお寺なので、今回はちゃんと地図を用意して出発しました。
京阪の中書島駅からバスに乗り、「納所北堀詰」バス停で下車。小学校を目印に探すこと10分ほどで無事に到着しました。現在は住宅街の中にぽつんとあるお寺ですが、淀川の堤防からも近く、小枝橋〜淀城一帯が激戦地であったことがなんとなくわかります。寺の境内には榎本武揚揮毫の碑もありました。本堂の柱も見学してきましたが、思っていた以上に大きな穴が開いていました。
帰りは川沿いの道を歩いてみました。今は市民の憩いの場ともなっているこの一帯で、135年前には砲弾の雨が降り注いでいたのかと思うと、なんだかとても悲しくなってしまいました。大きな交差点に出ると、そこから淀駅までは5分ほどです。淀駅は競馬開催時以外普通電車しか止まらず、昼間は1時間4本しかないので、待ち時間を利用して淀城跡も見学してきました。
京阪電車に乗り、伏見桃山駅で下車。銃弾の跡が残る魚三楼をチェックした後は、御香宮神社へ。今まで何度も行っていたものの、その存在を確認できなかった「伏見の戦跡碑」を探すためです。境内をちょっと散策しただけですぐに見つかりました(^^;揮毫は佐藤栄作。ここは薩摩藩の本陣だったのに、長州出身の佐藤栄作が揮毫をしているのはなんとも不思議な感じです。せっかくここまで来たので、湧き水をもらって帰りました。
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| 妙教寺銃弾貫通の柱 | 御香宮神社 伏見の戦跡 |
再び京阪電車に乗ろうとしたところ、ちょうど普通電車が出発してしまった後でした。15分待つのがイヤだったので、近鉄の桃山御陵駅へ行って丹波橋へ。そこから京阪の急行に乗り換えました。そして途中の伏見稲荷駅で下車。伊庭八郎の「征西日記」にも、ここへ立ち寄ったことが記されています。駅前から続く参道では、名物の「すずめ焼き」が売られていました(^^;うちの両親が若い頃、ここですずめを食べた、という話を聞かされていたので、特に驚きはありませんでしたが…でも、普通の焼き鳥とは違って一羽丸ごとをくしに刺しているので、食べたい!とは思えませんでした(;_;)
伏見稲荷大社は一山全部が境内という非常に大きな神社です。朱塗りの楼門をくぐると、豪華な本殿があります。朱の色はだいぶあせているものの、装飾は今も華やかです。本殿の裏手には、有名な千本鳥居があります。今回はここまでしか行きませんでしたが、時間のある時にぜひ、奥の方まで行ってみたいと思います。
駅まで戻り、東福寺駅で下車。戒光寺墓地へ行く前に東福寺に寄りました。ここには鳥羽伏見の戦いで戦死した長州藩士の墓がありますが、墓石は塔頭の退耕庵にあるものだと思っていました。しかし、実際には境内裏手の山にあるという話を聞いたので、それを探しに行きました。山縣有朋揮毫の石碑の横に、「長州藩墓地 此上二丁」という案内柱があったので、すぐ裏手の道を登っていきましたが…途中で道がなくなってしまいました。このまま進むのは危険と判断し、今回の捜索は断念。もう少し調べてから再チャレンジすることにしました。
そして泉涌寺へ向ったのですが…道を間違えてしまい、さまようこと30分。泉涌寺の裏手に出てしまいました。まぁ、せっかくの機会なので泉涌寺を見学。余力があったので、初めて孝明天皇陵を参拝しました。泉涌寺のすぐ裏手にありますが、ゆるい坂が長く続きます。御陵衛士の仕事がどのようなものであったかを伝える史料は残っていませんが、おそらくこの周辺を警護していたはずです。だとしたら、平助もこの道を通っていたのかな、と思いながら来た道を戻りました。
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| 伏見稲荷大社 | 孝明天皇陵 |
戒光寺墓地に立ち寄り、バスで東山安井へ。安井金比羅宮にお礼参りに行き、その後は建仁寺に行きました。ここは1202年開基という非常に古いお寺。祇園のど真ん中にあるにも関わらず、境内は落ち着いた雰囲気です。ここも「征西日記」に登場する寺院です。八郎は五条坂で陶器を購入した後、ここへ立ち寄っています。清水や祇園の人の多さに疲れたときに、ふらっと立ち寄るにはちょうどいい場所だと思いました。
まだ時間があるので、八郎が宿舎としていた二条城付近を散策するか、壬生へ行くか迷いましたが…今回は、見所の多い二条城方面を選択しました。ちょっと疲れたので三条河原町のイノダで休憩。京都市役所前駅から地下鉄に乗り、二条城前駅で下車。平安時代には二条城に隣接し、広大な敷地を誇っていたという神泉苑を見学しました。現在は1/10の規模に縮小されていますが、なかなかいい雰囲気でした。あまりガイドブックなどには紹介されていない穴場スポットだと思います。また、周辺には重文指定の二条陣屋があります。ここは事前の予約が必要なので、今回は見学できませんでした。
二条城の堀端を散策し、京都所司代上屋敷跡の石碑を見に行きました。八郎が滞在していたのは「京都二條所司代屋敷北定番組屋敷」で、おそらく丸太町大宮付近ではないかと思います。また、所司代屋敷「後ろ」の「澤甚」という店がお気に入りで、「此家都第一番」と評価しています。現在は住宅街になっていますが、幕末当時はお城の近くということで繁華街だったのではないでしょうか。「征西日記」に書かれた、八郎が訪れた場所は広範囲にわたり、ここからよく日帰りで歩いていけたな…と思うところばかりです。
堀川丸太町バス停から堀川通を南下し、七条堀川で降りました。最後の最後になってしまいましたが、七条油小路へ。本光寺をちょっとのぞき、京都駅へ行きました。ちょっと買い物をしてホテルに戻り、阪急→地下鉄堺筋線→南海と乗り継いで関空まで行きました。今回も非常に盛りだくさんな旅になりました(笑)
(C) MOTOKO