京都
2003/12/27(SAT)
年末に行われる大阪城ホールのALFEEライブに参加し、京都に宿泊するのが恒例となっていますが、今年は4泊5日とかなり余裕のあるスケジュールを組んでみました。京都以外にも行ってみたいところがいろいろあったので、今回はあえて飛行機を使わず、往復新幹線+周遊きっぷでの旅としました。
7時半ののぞみに乗り、約2時間で京都に到着。途中、米原付近から車窓が真っ白になっていたので、一瞬東北新幹線に乗っているような錯覚を覚えました(^^;京都は積雪もなく、時折晴れ間ものぞいていたのでなんとか観光はできそうです。ホテルに荷物を置き、まずはお約束の場所、戒光寺墓地へ。前回の訪問時まで白いシートがかけられていた泉涌寺総門は工事が終わったようで、久しぶりにその姿を現していました。平助の墓参をしようとすると、先客がいたのでちょっと別のところで待っていました。しかし10分たっても15分たってもその場にいて、しかも写真を撮りまくっていたので、墓所内で待つことに。すると、すぐに出ていってくれました。私も墓所の撮影をすることはありますが、他の人の迷惑にならないよう気をつけよう…と改めて感じました。
京都に行くたび泉涌寺周辺には必ず足を運んでいますが、今まで一度も行ったことのなかった新熊野神社へ参拝。ここは「お腹の神様」だということで、先日胃の手術をしたという友人のお母さんのためにお守りをいただいてきました。東京から来たことを話すと、神饌をいただいてしまいちょっと恐縮でした。
近くの漬け物屋「ニシダや」で柴漬けを買い、バスで祇園へ。少々散策した後、今度こそ北野天満宮前の「とようけ茶屋」で豆腐を食べるべく、再度バスに乗りました。年末なので空いているだろう…と甘く見たのが失敗でした。整理券は発行されていないものの、店の前には長蛇の列。またしても敗退してしまいました。おぼろ豆腐や豆乳カスピ海ヨーグルトを買い、ホテルに戻りました。チェックイン後、かなり部屋でのんびりしてから大阪城ホールへ。今年は久しぶりのアリーナ。かなり後方でしたが、約4時間にわたるツアーファイナルのライブを堪能してきました。
2003/12/28(SUN)
昨日のアルコンに参加していた名古屋の友人と、この日は一緒に観光することにしました。宿泊していたホテルが一緒だったので、ロビーで待ち合わせて出発。京都駅から、まずは北野天満宮に行きました。前日ほど寒くはなかったものの、昼食に湯豆腐を食べたかったので11月に行った「豆腐茶屋」に電話を入れ、席を確保。北野天満宮に行くなら「とようけ茶屋」か「藤野」で昼食という手もありましたが、並ぶ時間がもったいなかったので、あえて木屋町まで出ることにしました。前日は参拝をしなかったので、試験合格のお礼参りをしてきました。
「とようけ茶屋」の大行列を横目に、バスで二条駅へ。そこからは地下鉄で京都市役所前まで行き、徒歩で四条木屋町へ。こあがり席でたっぷり湯豆腐を堪能してきました。かなりお手頃価格でしかもおいしいので、あまり大きな声では言えませんがここはおすすめのお店です。
その後は安井金刀比羅宮へ縁切りに。東山安井バス停を降りると…向かい側から歩いてきた友達2人とばったり遭遇。前日の大阪城ホールではすれ違いで会えなかったのに、なんでこんなところで会うんだろう?とお互いびっくりでした。せっかくなので4人で縁切りに行くことにしました(笑)その後は、昼食がまだだという2人に「豆腐茶屋」のことを教え、東山安井バス停で別れました。私たちは京都駅へ。京都タワーやポルタでおみやげを物色し、京都駅で友達をお見送り。その後は暇になってしまったので、ずっと行きたいと思いながらも行ったことのなかった青蓮院門跡に行くことにしました。
祇園で別の友達に頼まれていた柘植の櫛を購入し、バスを乗り換えて東山三条へ。地図を持っていったものの、迷いに迷ってやっとたどり着きました(^^;東山三条が最寄りではなく、神宮道バス停から歩いて数分のところにあったので、最初から神宮道バス停までバスを乗っておけばよかったです。とにかく、念願かなって青連院門跡を拝観。「門跡」とは門主(住職)が皇室または摂政・関白家から出てきた寺院のことで、ここは御所が火災に見舞われた際仮御所として使われたこともある、皇室とのゆかりが深い寺です。庭園は春と秋に夜間特別拝観が行われることもあり、かなり有名です。まずは建物を拝観しながら庭園を見学し、最後は庭園内を散策しながら出口に向かいます。龍心池を中心とした白砂のエリアと、宸殿を中心とした苔庭のエリアは全く違う印象で、寒いのについ長居してしまいました(^^;
その後は里帰りしている京都出身の友達の実家を訪ねようと思っていましたが、連絡の行き違いでNG。四条大宮までバスに乗り、そこで少々買い物をしてホテルに戻りました。
Special Thanks TO…はたはたさん
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| 青蓮院門跡 |
2003/12/29(MON)
この日は京都を離れ、大和五條へ。夜、京都に戻ってきてからは四条大宮で友達と待ち合わせをし、11月にオープンしたばかりの「壬生dinning tonsyo」という居酒屋で宴会。ここはその名の通り、新選組の屯所をイメージしたという店で、メニューは口にするのが恥ずかしいようなネーミングのものばかりです(^^;友達も幕末好きなので勢いで行ってしまいましたが…新選組に興味のない人にはお勧めできないお店です(笑)
Special Thanks TO…美和さん
2003/12/30(TUE)
前日、「tonsyo」に一緒に行ってくれた友人と、再び四条大宮で待ち合わせ。この日は幕末史跡散策三昧な1日でした。まずは光縁寺、前川邸の前を通過し、壬生寺へ。壬生塚を見学してきました。年末にも関わらず、ここは多くの人でにぎわっています。新選組グッズも前回訪れた時より増えていて、思わずプチタオルを購入してしまいました(^^;八木邸は見学せず、鶴屋の土産物コーナーのみチェック。近藤さん、歳さん、総司の名入りグッズが多いのですが、一さんものがそれに続く多さだったのが気になりました。会津のお墓にも、ついに案内板ができてしまったという噂を聞いていたので、急に一さんの人気があがってしまうのがうれしくもありちょっと不安でもあります(^^;
その後は京都市バスのみぶ営業所で配布している「京都the新選組」という資料をもらいに行き、それを片手に六角獄跡を探しに行きました。ここは平野国臣や古高俊太郎など、勤王の志士が多く投獄された獄舎の跡で、禁門の変の混乱に乗じて投獄された人々が次々と殺害されてしまったという悲劇の舞台でもあります。この場所についてはいろいろと怖い話があるので、今まで一度も行ったことがなかったのですが…同行者がいるので、思い切って行ってみました。場所は「大宮六角東入ル」と書いてあったので、大宮通を北上…しているつもりが、実は千本通りを北上していることに気づき、東へ方向転換。すると三条通商店街に迷い込んでしまいました(^^;何とか軌道修正し、マンションの一角にある祠を発見しました。入り口に「勤王志士 平野国臣外数十名終焉地」と刻まれた石碑があり、「殉難勤王志士忠霊塔」という供養塔が建てられています。雰囲気は意外なほど明るく、とても140年前に悲劇があった場所とは思えないほどでした。供養塔と祠にお参りをし、四条大宮へ。
そろそろお昼なので、四条河原町まで行きました。六角獄に行ったから…というわけでもありませんが、古高俊太郎の旧宅である「しる幸」へ。噂には聞いていましたが、ここのみそ汁は絶品でした。一人でも入れそうな雰囲気だったので、今後の行きつけになる可能性大です(笑)
続いては、今まで行ったことのなかった金戒光明寺の会津藩墓地へ。裏手の真如堂から入ると楽に行けるとのことだったので、同行の友人に道案内をお願いしました。この真如堂は正式名称「真正極楽寺」。数年前のJR東海のCMで取り上げられたお寺です。名前は知っていましたが、行ったのは初めて。紅葉が有名なお寺で、秋には多くの人で混雑するようですがこの日はそれほど参拝者も多くなく、静かな時間が流れていました。とても雰囲気のよいお寺です。会津藩墓地へは境内裏手の参道を歩いて数分。会津藩墓地に到着です。この墓所に埋葬、もしくは招魂されている会津藩士の名が刻まれた碑にお参りをし、土佐藩士を誤って斬ってしまったことで切腹をした柴司の墓所を探してお参りしてきました。墓域は全体的に手入れが非常に行き届いていて、なんだかうれしくなりました。墓域を抜け、金戒光明寺の本殿前を通り、岡崎道バス停まで戻りました。
ちょっと歩き疲れたので、バスで祇園へ。どこかでお茶しようと試みますが、どこも混んでいて入ることができません(^^;高台寺周辺まで来たとき、ドラマ「大奥」の衣装を展示しているという高台寺塔頭の圓徳院の看板が目に入り、友人が興味を示したので拝観することにしました。この寺は豊臣秀吉正室の北政所、おねが晩年を過ごした寺です。この周辺もよく訪れていますが拝観するのは初めて。周辺の喧噪が嘘のように静かで、落ち着ける空間でした。
しかし、お茶はできていないので石塀小路を抜けて下河原町通りへ。「鍵善良房」の支店があるというので行ってみると店内はやはり満員。青龍苑のイノダに行くか…と清水寺方面に行くと、文の助茶屋が空いていたのでここでお茶することにしました。名前は以前から知っていましたが、ここに入るのも初めて。いかに私が京都で行くところが偏っているかを実感しました(^^;甘酒とわらび餅で一服した後は、私の中ではメインの場所、戒光寺墓地へ(笑)途中、ニシダやでお土産用のしば漬けを買いたかったのですが、この日はお昼までの営業だったようです。27日にもらったレシートに「30日まで営業」と書いてあったので、油断していました(^^;シャッターの閉まった店舗を横目に、泉涌寺道までバスに乗りました。27日に訪れた時より、花が増えているような気がします。友達と平助や御陵衛士の話で盛り上がりながら、この旅2回目の墓参をしてきました。もう辺りは暗くなり始めていましたが、帰ろうとしたときに別の団体さんと出くわしました。大河ドラマが始まっても、ここはゆっくり静かに墓参できる場所であってほしいのですが…
この日の夜は、地球ゴージャスファンの友達と四条木屋町で忘年会をするので、バスで祇園まで戻りました。1日同行してくれた友達とはここで別れ、待ち合わせ場所へ。今回行ったお店は「手良子家」という町家を改築したお店。入り口には表札までかかっていて、一見ごく普通の民家のようですが…中へ入るとちゃぶ台が並べられていて、やはりごく普通の民家のようです(笑)場所がわかりにくく、知っている人に案内してもらわないとたどり着くのが難しいので、かなり穴場の店だと思います。
Special Thanks TO…美和さん、Tomokoさん、のりこさん、ようりさん、りえこさん
2003/12/31(WED)
長いようで短かった4泊5日の旅も最終日。最後の最後に、今回の旅で最もきついスケジュールを組んでしまいました(^^;京都駅から普通電車で4つ目の「山崎」へ。禁門の変の史跡がある天王山に登りました。京都を出た時は曇り空でしたが、登山を始めた頃には霧雨に。往復2時間かけて、十七烈士墓所まで行ってきました。
京都駅まで戻ってきたのは13時過ぎ。とりあえず、昼食を取るためにバスに乗りました。京都市役所前で降り、「幾松」でちょっと豪華なランチでも…と思っていましたが、残念ながら年末休業中。この周辺には心当たりのある店がなかったので、なんとなく三条河原町から烏丸方面へ。イノダの本店に行くことにしました。こちらは開いていましたが、店の外まで並んでいるような状態。すぐ近くのイノダ三条店なら待たずに入れそうだったので、またしても予定変更です。三条店は初めて入りましたが、明るくモダンな雰囲気でした。なかなか居心地はよかったです。
三条河原町まで戻り、バスで河原町丸太町へ。横井小楠殉節地の石碑を探しに行きました。石碑は下御霊神社の近くにあるということだったので、こちらにも参拝。京都はその長い歴史の中で多くの怨霊を生み出し、それらを鎮めるための神社が数多く建てられています。この下御霊神社は特に強い怨念を持った8神体をまつる神社ということで、なんとなくうっそうとした雰囲気があります。雨が降っていたので、さらにその雰囲気を強くしていました。翌日の初詣に備えてか、境内を多くの人が行き交っていたのが救いでした(^^;
「横井小楠殉節地」碑は、下御霊神社の北、丸太町通りを少し南に下がったところにあります。池田屋や近江屋と同様の理由で、実際の暗殺現場とは違うところに石碑が建てられているそうです。
最後に行っておきたいのはやはり戒光寺墓地。河原町丸太町から循環系統のバスで乗り換えなしに行けました。前日、あまり静かに参拝しなかったことを詫びつつ、2003年最後の墓参をしてきました。大晦日ということもあってか、最後はゆっくりと墓参できてよかったです。2004年も頻繁にここを訪れることになりそうですが、大河ドラマの悪影響が及ばないことを祈るのみです。
京都駅まで戻り、お土産などを買い揃えてからホテルへ荷物を取りに戻りました。ちょっと遠回りをし、本光寺の前を通って七条油小路へ。幕末当時の面影はありませんが、なんとなく、この場所は歩いてみたくなります。連絡バスで京都駅に着くと、3分後ののぞみに乗れそうだったのでダッシュ(笑)予想通り、自由席はがらがらでした。多少、行き残したところもありましたがかなり充実した旅になりました。
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| 下御霊神社 | 横井小楠殉節地碑 |
(C) MOTOKO