京都
2004/01/12(MON)
昨年末の滞在からまだ2週間も経っていませんが、京都を訪れました。前日から大阪に宿泊していたので、まずは京都へ移動。たまたま別件で大阪を訪れていた友達とホテルのロビーで待ち合わせをし、京阪の特急で四条へ。大阪まで荷物を取りに戻る時間がもったいなかったので、帰りのスタート地点となるであろう阪急河原町駅まで行って、荷物をロッカーに入れてきました。
最初に向かったのは、私のリクエストで戒光寺墓地。本当は別のところからスタートした方が効率がよかったのですが、年の初めなのでまずは平助にご挨拶…と友達を説得(笑)ちょうど泉涌寺の七福神めぐりの日と重なったため、墓地入口まで出店が出ていましたが墓域は至って静か。前日からスタートした大河ドラマの影響もなく、安心しました。
次はバスで霊山歴史館へ。その前に、安井金比羅宮で縁切り+良縁成就を祈願。年末に訪れた時はお礼参りしかしていなかったので、今度はちゃんと参拝してきました。そして今回の旅のメインとなった霊山歴史館へ。明らかに大河ドラマ向けな「大新選組展」の見学です。「大」とついているものの、新選組関連の新史料はなし。特に目新しいものもなく、少々がっかりでした。ただ、総司の肖像画が展示されているガラスケースに、明らかにキスマークと思われる痕を発見してしまった時は寒気がしました(-_-)とりあえず、その場に居合わせなくてよかった…と思いつつ、物販コーナーへ。まだ図録は出ていないようだったので、今回は収穫なしかな、と思っていたその時。とんでもないものを発見してしまいました。それは新歴史浪漫 新選組 池田屋騒動という食玩フィギュア。昨年、函館で見かけたフィギュアとは全く別物で、1864年の池田屋騒動に出勤した隊士9名+洋装の歳さん+近藤さん・歳さん・総司の着物の色違いバージョン3種+シークレットの合計14種類があります。しかも霊山歴史館限定の先行発売とのこと。これは買わずにはいられません(^^;とりあえず4つ購入(笑)お目当てはもちろん、平助と一さん。しかし近藤さんがだぶり、総司が通常版+色違いのコンプという状態。だぶった近藤さんは、歳さんがだぶっていた人がいたので交換してもらいました。多くの新選組ファンならこれで終了といったところですが、マニアックな人好きな私の場合はそうはいかないのであと4つ追加購入(^^;今度は無事に一さん&平助をGET♪函館で晋作を引き当てた時も、最後に選んだ箱が晋作でしたが、平助も8つめに選んだ箱から登場(笑)なんだかもったいぶられているような感じです(笑)今回は一さんがだぶったので、友達が引き当てた左ノ助と交換してもらいました。我を忘れ、かなり騒いでしまったのでそそくさと退散(^^;歴史館の前で荷物整理をしていると、先ほど近藤さんと歳さんを交換してくれた2人組の女の子の1人に声をかけられました。その子は武田が3つもでてしまったそうなので、かわいそうに思い1つ買ってあげました。少し話をしてみると、この後どこに行こうか迷っているとのこと。私たちは、野辺帳が特別公開中の八木邸に行くつもりだったので、話の流れで一緒に行くことになりました。ただ、私たちはフィギュアに熱中しすぎて昼食がまだだったので、昼食後に現地集合することにしました。電話番号を交換し、その場はいったん解散。昼食は祇園界隈を散策し須津、お店を探すつもりでしたが、あまり待たせるのは悪いので円山公園へ。第一希望の長楽館は貸切のためNG。第二希望のいもぼうで昼食を取りました。時間が遅かったので、個室貸切になったのがラッキーでした♪
祇園からバスに乗り、四条大宮で乗り換えて壬生へ。その2人組はまだ来ていなかったので、前川邸に友達を案内し、私は別のところで買い物。1000本限定という日本酒を発見したので、今後の移動などのことを考えずに購入してしまいました(^^;おまけとして、近藤さんと歳さんの肖像が印刷された袋をもらいましたが、これを持って壬生界隈を歩くのはかなり勇気が要りました(^^;無事に2人組と合流し、八木邸へ。こちらはかなり混んでいました。ひととおり解説を聞き、野辺帳を見学。解説がついていないので、定かではありませんが…近藤さんや芹沢に加え、平助や一さんの名前も見えました。かなり気になる資料だったので、時間のあるときに手持ちの資料の中にこの野辺帳に関する記述がないか、探してみようと思っています。隣接する鶴屋で抹茶をいただき、混雑する壬生寺はパスして四条大宮方面に向かいました。
途中、光縁寺の話をしたところ、なんとなく行ってみようという話になり、ちょっと寄り道。拝観時間ぎりぎりでしたが、見学させてもらえました。住職さんとちょっと話す機会があったので、先日購入した中村彰彦氏の本に「昔は言えば、光縁寺の過去帳を見せてもらえた」というような記述があったので、どうして最近は見せてもらえないのかと質問したところ、過去帳は檀家の個人情報が書かれた書類であるので、部外者に簡単に見せてしまうのはプライバシーの侵害にあたるのですが、昔はプライバシーに関する意識が低かったため、簡単に部外者に見せてしまっていた、というお話でした。新選組関連のページだけとはいえ、前後には全く関係のない檀家の情報も記述されているわけで…非常に残念ですが、筋の通った話なので納得しました。住職は、マナーの悪い新選組ファンの話もしてくれました。山南さんたちの墓所の隣にある、歴代住職の墓石を倒していった人もいたそうです。大河ドラマ関連で、壬生寺は大々的に宣伝をして観光客を呼んでいるが、光縁寺はこれまでと同じく、ひっそりと新選組隊士たちを他の檀家と一緒に供養しつづけていること、本当に墓参を目的としている人からは、管理費の一部を墓参料として徴収して自由に参拝してもらっていることなど、寺のポリシーも話してくれました。耳の痛い話もありましたが、ちょっと意外な話もあったので行ってよかったです。
2人組のうち1人がそろそろ帰る時間だというので、四条大宮からバスで京都駅へ。最後に七条油小路と本光寺、ハトヤ瑞鳳閣前に設置された不動堂村屯所跡の看板などを案内しつつ、駅で別れました。このSITEのことを教え、「よかったらメールをください」と言ったのですが…未だに音沙汰ありません(笑)実は私たちもそれほど時間の余裕がなくなっていたので、急いで四条河原町へ。阪急の特急に飛び乗ったものの…判断力が鈍っていたため、乗り換え駅の南茨木を通過する電車に乗ってしまいました。十三から空港へ向かったものの、空港到着は20時(^^;出発まで20分しか余裕がなく、羽田まで夕飯はお預けでした。
Special Thanks TO…美和さん
2004/01/17(SAT)
2004年はいきなり2週連続の京都旅行となりました(^^;目的地は今回も大阪なのですが、今回はあえて大阪へは泊まらず、京都から通うことにしました。伊丹から南茨木経由で烏丸まで行き、ホテルに荷物を置いて出発。先週は新選組三昧で特に観光らしい観光ができませんでしたが…今週は観光しつつ、新選組関連の史跡を巡ることにしました(笑)
最初に向かったのは島原。本当なら先週、壬生に行った後で寄る予定でしたが、先週はフィギュアのために予定が狂ってしまいました(^^;ここでの目的地は特別公開中の角屋です。以前は一部の部屋を除き撮影禁止でしたが、今回は三脚を使わなければ全ての部屋が撮影OKとのこと。台所に置かれた西郷隆盛使用の耳だらい、網代の間など、今までは撮影できなかった展示物や部屋を思う存分撮影してきました(笑)大正年間に消失し、その後復元されたためこれまでも唯一撮影OKだった松の間についての説明は、前回行った時とはちょっと違っていました。1863年9月、近藤勇らによって粛正された芹沢鴨が、暗殺当日に直前まで酒を飲んでいたのがこの「松の間」だったそうです。復元なのが残念ですが、庭に植えられた松は幕末当時のまま。近藤さんや芹沢が何を思ってこの風景を見ていたのか…ふと当時に思いをはせてみました。
続いて循環系統のバスに乗り、戒光寺墓地へ。特に先週から花が増えたわけでもなく…ちょっと安心しました。先週の壬生の混雑ぶりを思うと、この静けさは奇跡的です(笑)大河ドラマのキャラ設定で、伊東さんはかなり感じ悪い人なので、荒らされないことを祈るのみです…。ちなみに平助は「いじめられっ子」キャラらしいので、ファンとしては非常に複雑な気持ちです(^^;
15時までに上本町まで行かなければならなかったので、あまり京都でゆっくりしている時間はありません。角屋以外にも拝観したかった特別公開寺院がいくつかありましたが、それは翌日にまわすことにしてランチタイムにしました。年末も先週も定休日のために行けなかった「光泉洞寿み」へ久しぶりに行くことに。バスで大石橋まで行き、地下鉄で烏丸御池へ。まだランチタイムには少々早かったので、空いていました。カウンター席に陣取って一保堂の番茶を飲みつつ、ほっこりしてきました。商店街を抜け、京阪三条まで歩いていくと…私のお気に入りだったイノダコーヒ三条河原町支店が閉店していました(;_;)やはり、他の店舗より安い価格設定では採算が合わなかったのでしょうか…他の店では気軽なテイクアウトができないので、かなりショックです。残念ですが、これからは三条大橋のたもとのスタバに行くことにします(笑)
三条京阪から特急で天満橋まで行き、地下鉄に乗り換えて谷町九丁目へ。この日は五朗ちゃん+森雪之丞氏の「Poemix」の観劇です。東京公演中は京都に滞在していたため、わざわざ大阪公演を観に来ました(笑)観劇後はなんばから市バスに乗って天保山へ。海遊館限定キティをGETし、地下鉄で梅田へ。梅田GGにも立ち寄り、阪急で烏丸まで戻りました。
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| 角屋台所 | 角屋中勝手口 |
2004/01/18(SUN)
前日行き残したところを重点的に回るべく、やや早めにホテルをチェックアウト。循環系統のバスに乗り、真如堂を目指しました。しかし、今回も真如堂の拝観はパスしてしまいました(^^;ここは桜の時期に改めて、拝観したいと思っています。会津藩墓地にお参りをした後、特別公開中の金戒光明寺を拝観しました。御影堂でお寺の概要と会津藩・新選組との関わりについて簡単な説明があった後、方丈へ移動。会津藩関連の史料や、閉めた状態では3頭の虎なのに開けると2頭になるという不思議な襖絵、方丈庭園などを見学してきました。会津藩関連の史料としては、幕末の古地図、容保公の書、池田屋騒動についての記載がある金戒光明寺日鑑、山川大蔵筆の「家訓」など、展示スペースはそれほど大きくありませんでしたが、展示内容は充実していました。特に大蔵の「家訓」は予想外だったので、ちょっとうれしかったです。
岡崎道バス停まで戻り、東天王町からは歩いて南禅寺に行きました。天気がよかったので、天授庵か金地院でのんびりしようと思ったからです。人力車で混雑している永観堂は今回も通過し、南禅寺の境内へ。南禅院から水路閣をめぐり、三門の前まで来ました。上を見上げると、思ったより人が少なかったので登ってみることにしました。中は思っていた以上に階段が急で、ちょっと怖かったです。しかし、門上まで到着すると今まで見たことのない風景が広がっています。南禅寺の境内はもちろん、知恩院や黒谷、平安神宮がよく見えます。歌舞伎「楼門五三桐」に登場する、石川五右衛門の有名な台詞で「絶景かな」と表現されたのも納得できるような風景でした。門上をぐるっと回り、それぞれの方向の風景をじっくりと楽しんだ後は上から混雑状況を確認していた天授庵へ。横井小楠の墓所を参拝後は縁側にちょこんと座り、ぼーっと庭園を眺めていました。小さなお寺ですが、あまり観光客が多くなく静かなので、けっこう気に入っています。ついでに金地院も拝観しようと思いましたが、こちらはちょっと混んでいるようだったのでパス。次回はゆっくり拝観できるとよいのですが…。
そろそろお昼の時間になったので、蹴上から地下鉄で烏丸御池まで行きました。町家を改築したケーキ&パスタの店、「セカンドハウス」でランチを…と思ったのですが、混雑して並んでいるような状態だったので今回はパス。そのまま四条通りまで歩き、イノダ烏丸B2店に行きました。最近は三条河原町店に行くことが多かったので、烏丸のお店はちょっと久しぶりです。最近、スタバでハンディコーヒーメーカーを購入したので、今回は豆も買って帰りました。このお店のすぐ上が大丸なので、次の目的地に移動する前に寄り道。一保堂がテナントで入っているので、昨日久しぶりに飲んだ「煎り番茶」を購入。また、最近買った幕末史跡のガイドブックを頼りに、薩摩藩邸跡も探してきました。石碑の場所は、やはり少し移動していました。駐車スペースに隠れ目立たなくなっていましたが、無事に見つかりました。
次の目的地は壬生。前回、見学するつもりですっかり忘れていた壬生寺歴史資料室を見学するためです。これは壬生墓地の入口に建てられた阿弥陀堂の地下に、今年の1/4、オープンした資料室です。壬生狂言の面など壬生寺の寺宝を中心に、新選組関連の史料も数点展示してあるということで、かなり期待して行きました。しかし…新選組関連の史料はすべて複製品。「史料保護のため」と言いますが、明らかに新選組ファンをターゲットにしているのならちゃんとしたものを展示してほしかったと思います。かなり残念でした。
次は東福寺へ。バスで行くと時間がかかるので、四条大宮から阪急で河原町まで行き、京阪四条まで歩いて京阪で東福寺まで行きました。まずは特別公開中の退耕庵へ。ここは戊辰戦争の際、長州藩の本陣が置かれた寺で、門前には「戊辰役殉難士菩提所」と刻まれた石碑が建てられています。長州藩士の菩提寺として知られている寺ですが、墓碑はこのお寺にはありません。では、このお寺には何があるんだろう?と以前から疑問に思っていました。その疑問を解くために、今回初めて拝観することにしたのです。覗き窓から見える庭の風景は、まるでJR東海のCMに出てきそうな雰囲気でした。最初に説明を受けるためにあがった本殿に、その謎を解く鍵がありました。別名は「戊辰勤王殿」。戊辰戦争で亡くなった49名の長州藩士の位牌が安置され、彼らの菩提を弔うために力を尽くした品川弥次郎の肖像画が飾られていました。弥次は京大にある尊攘堂建設にも尽力し、若くして京都で散った同士たちの偉業を後世に伝えています。しかも、弥次の肖像に並んでいたのは長州出身の佐藤栄作。毎年行われる退耕庵での法要には顔を出していたそうです。弥次が伝えたかったものは、確実に後世に伝えられているな…と思いました。退耕庵にはこの他に、小野小町百歳の像や、姿見の井戸、小町宛の恋文を貼り重ねて作られたという文貼り地蔵など、歴史を感じさせるものが多数あります。庭もとてもきれいだったので、秋の特別拝観の際もぜひ訪れたいと思います。
臥雲橋を通り、東福寺へ。境内の防長忠魂碑を見学したあとは薩摩藩墓地のある即宗院を目指しました。この寺は東福寺の塔頭で、薩摩藩との関わりが非情に深く、西郷と清水寺の僧・月照が密議をしたという茶室も残っています。通常非公開なのは知っていましたが、薩摩藩墓地への道があったらラッキー、と思い、重文指定となっている偃月橋を渡り、即宗院前へ。しかし道はなく、固く閉ざされた門があるだけでした。11月に公開されるということなので、薩摩藩墓地の墓参はその時までお預けです。
しかし、泉涌寺方面から、薩摩藩墓地の裏側が見られるという情報を前述のガイドブックで入手していたので、早速向かうことに。日吉ヶ丘高校のグラウンド横から泉涌寺方面へ向かう道があり、その付近から木々の間に見え隠れする石碑を確認できました。この道を抜けると、悲田院の前に着きます。戒光寺墓地へはちょっと遠回りですが、わかりやすい道なので、今後東福寺〜泉涌寺を歩く場合のメインルートになりそうです(笑)戒光寺墓地は前日と同じ状態でした。月命日なので、ちょっとゆっくり墓参してきました。
壬生寺をはじめとした特別拝観は「京の冬の旅」というタイトルが付けられ、3箇所まわるとお茶サービスが受けられます。黒谷で3箇所達成できていたのですが、楽しみは最後に取っておこうと思い、京都駅近くのハトヤ瑞鳳閣へ。抹茶と京菓子のセットをいただきました。ここは不動堂村の一部だったため、ホテルロビーで新選組パネル展が催されていました。それほど規模は大きくありませんが、なかなか面白かったです。ホテルに戻って荷物を受け取り、烏丸から南茨木へ。今度は乗り換えを間違えませんでした(笑)伊丹空港でちょっと買い物をし、羽田行きの最終便に搭乗しました。2週連続の旅は、最終日がもっとも内容の濃いものになりました。
(C) MOTOKO