京都
2004/07/03(SAT)
前回、京都で遊んだのは5月の終わり。俊介くんのトークライブ@大阪の前日に1日だけ滞在しました。その後、大阪へは2回来ていますが1回目は台風のために京都まで移動することが出来ず、2回目は大阪滞在時間がわずか4時間だったため3時間の「クラウディア」を観るだけで精一杯でした(^^;なので、今回は三度目の正直、といったところでしょうか(笑)宿泊は大阪で、19時から「クラウディア」を観るので時間に限りはありましたが、それでもそこそこ楽しむことが出来ました。
伊丹空港から南茨木経由で烏丸へ。烏丸でロッカーに荷物を預け、地下鉄で今出川へ。最初に向かったのは京都御所です。御所は何度も行っていますが、今回はJR西日本のキャンペーンで開催されている、新選組のクイズラリーの回答を探すため、猿ヶ辻まで確認しに行きました。すぐに回答がわかったので、御所内を散策。蛤御門や清水谷家の大楠など禁門の変関連の史跡をチェックした後は、以前からチェックしていた拾翠亭へ。ここは旧九条家の茶室で、毎週金曜と土曜のみ公開しています。御所内では珍しく、有料の施設です。(…とは言っても100円ですが(^^;)茶室はそれほど面白くないのですが、2階から見える勾玉型の池の景色はすばらしいものがありました。あまり目立たないところにあるので、穴場だと思います。2階は風通しもよく、のんびり出来ました。
拾翠亭から鷹司邸跡を経由し、堺町御門から外に出ました。次に向かったのは御所の東側にある新島襄旧宅です。そこに向かう前に、河原町丸太町を少し南に下がったところに下御霊神社を発見。横井小楠遭難の地はすぐ目の前です。横井は御所に参内する途中で襲撃されたので、今回御所から現場を見て、その近さを実感しました。逆から見た時は、あまり近さを感じなかったのが不思議です(^^;
新島襄旧宅は彼が設立した同志社大学の同窓会館と同じ敷地内にあります。建物は見た目は洋風ですが、2階は畳敷きと和洋折衷な造りになっています。別棟には新島襄を紹介したパネルや遺品の展示がありました。新島が活躍したのは明治維新後ですが、彼の奥さんは会津藩士山本覚馬の妹・八重子なので明治以降の会津の歴史を語る際には必ず名前が挙がる人物です。数点ですが、会津関連の資料も展示されていました。
見学後はすぐ近くにある京都歴史資料館へ。一度見学してみたいと思いつつも、なかなか機会がありませんでした。今回は念願かなっての初見学です。今回は「京都のかわら版」という企画展が開催中で、主に幕末に発行されたかわら版が数十点展示されていました。中でも禁門の変や鳥羽伏見の戦いについてのものは、焼失した町の区画を赤で示しているなど、当時の印刷技術の高さをうかがわせます。無料の割に、なかなか展示内容は充実していました。ただ、この資料館は資料閲覧をメインにしているので、土日は資料閲覧室が閉まっているのが惜しかったです。
河原町丸太町からバスに乗り、河原町三条で降りました。ランチはどこにしようか…と木屋町通りを南下しているうちに、「しる幸」の前に着きました(笑)一度試してみたいと思っていた、味噌汁+かやくご飯の単品にチャレンジすることに。単品メニューは値段が表示されていないので、ちょっと注文するのに躊躇しました(^^;しかし、ここの味噌汁は絶品です。どうしたらこういう味になるんだろう?と不思議に思いつつ、じっくり味わってきました。そしてどきどきの会計(笑)かやくご飯は525円、味噌汁は630円〜のようです。意外と安く済んで、ほっとしました。
四条通を東に進み、川端通りを北へ。白川沿いを東へ進み、辰巳大明神までいくと、そこには前回、6月に見学しそこねた祇園辰巳NEXUSがあります。浮世絵の展示は3階のギャラリーなので、店内の階段で3階へ。小さなスペースに20枚ほどの浮世絵が展示されていました。中には珍しい風刺画も数点あり、つい図録をGETしてしまいました(笑)このお店は晋作ゆかりのお茶屋さんを改装したものなので、長州藩士の浮世絵があるかも、と期待していたのですが、どちらかというと幕府方の志士のものが多かったのが残念でした。ちなみに、告知用のポスターは箱館戦争での歳さんの浮世絵が使用されています。
このギャラリーはあまり見学者が多くないようで、あまり冷房が効いていませんでした(^^;暑くなってしまったので、すぐ近くの鍵善に避難(笑)久しぶりにくずきりを食べました。内税表示が義務化されたためか微妙に値上がりしていたのが気に入りませんが、相変わらずおいしかったです。まだ早い時間だったので、お庭が見える席をすぐにGETできたのがラッキーでした♪
17時前に新大阪で友達と待ち合わせをしていたので、もうあまり時間がありません。とりあえず、この日の散策の最後は戒光寺でしめることにしました。祇園から東大路を南下する循環系統のバスに乗り、泉涌寺
道へ。慣れた道を歩いていくと、戒光寺墓地入口に見慣れない看板が…。真新しいその木の看板には、「御陵衛士墓所」と書かれています。墓所内に入ると、立て札+矢印まで…。ついに戒光寺も大河ブームに乗ってしまったか、と一瞬憂いましたが、よく見ると「新選組」とはどこにも書いていません。ある程度新選組のことを知らなければ、「御陵衛士って何?」くらいで通り過ぎてしまうことでしょう。なんとなく、戒光寺さんのこだわりのようなものを感じました。肝心の墓所の方は、看板ができたからといって特に変化もないようです。平助は大河では、メインキャスト中最も地味な存在なので、特にファンが増えたということもないようです。ちょっと安心しました(笑)しかし、これから伊東さんたちが嫌な感じの役柄で再登場するので、とにかく荒らされなければいいな…と思ってしまいました(^^;
墓参後は大石橋までバスで行き、地下鉄で烏丸へ。荷物を出して梅田まで戻りました。いったんホテルに寄り、新大阪で友達と合流。肥後橋で軽く夕飯を食べ、「クラウディア」大阪千秋楽を観劇しました。
2004/07/04(SUN)
前日はフェスティバルホール近くに泊まっていたので、淀屋橋から京阪で京都に向かいました。大阪には戻らず、伊丹空港へ直行するので荷物は京阪四条駅まで持ってきました。荷物をロッカーに置いて、まず最初に向かったのは伏見です。荷物が多くなければ中書島で降りて、そのまま散策すればよかったのですが、ただでさえ暑く、体力を消費しそうだったので一旦荷物を置いてから戻ることにしました。
丹波橋で普通電車に乗り換え、伏見桃山で下車。鳥羽伏見の戦いの弾痕がある魚三楼を見学しました。何度も行っている場所ですが、今回はJR西日本のクイズのための訪問です(笑)回答がわかったので、近鉄で竹田へ。今度はバスで鳥羽離宮跡に行きました。鳥羽伏見の戦いの開戦地である小枝橋と、クイズの回答がある鳥羽離宮公園を見学し、バスで京都駅まで戻ろうと思っていましたが…目の前で京都駅行きのバスが行ってしまいました(;_;)30分に1本しかない区間で、しかも友達との待ち合わせの時間が迫っていたのでやむを得ず竹田駅まで歩いて戻ることにしました。城南宮を通り、約15分ほど歩くと安楽寿院というお寺のところに出ました。ここは鳥羽伏見の戦いの際、いわゆる「官軍」の本営が置かれた場所で、錦の御旗が最初に立った場所だとも言われています。薩摩藩は東寺、城南宮、御香宮などに。長州藩は東福寺に拠点を置き、伏見奉行所に終結していた旧幕軍を攻めます。電車やバスを使うとそれぞれ遠く感じますが、実際歩いてみるとそれほど離れた場所でもないことがわかって面白いです。
竹田から地下鉄に乗り、待ち合わせ場所の烏丸御池へ。友達と合流し、「おばんざい」というお店に行きました。ゆっくりランチを楽しんだ後は、友達を連れて京都文化博物館へ。ここで開催中の「新選組!展」を見学しました。京都での開催ということでかなり期待していましたが、展示内容は江戸東京博物館で行われていたものとほとんど変わらず、ちょっとがっかりでした。しかし、江戸東京博物館で初めて実物を見て、それを見たいがために2回、企画展をリピートしてしまった「残し置く言の葉草」原本があったのでラッキーでした。東京と違ったところは、明治〜昭和初期に出版された新選組関連の書籍の原本が並べられていたくらいです。東京でこの展示を見た人には物足りない内容でしたが、見学者はかなり多く、ゆっくりと一つ一つの展示を見ることができなかったのが残念でした。それでも友達に解説をしたりしつつ、約2時間、見学していました(笑)
もうあまり時間がなくなっていたので、文化博物館の前で友達と別れ、私は1人で戒光寺に向かいました(^^;最後に平助の墓参をして、京阪四条へ…と思いましたが、微妙に時間が余っていたのでJR西日本のクイズの回答を探しに二条城まで行ってしまいました。しかしそれが災いし、京阪四条に着くのが遅くなりました(^^;1人なら別にかまわないのですが、この時は別の友達と河原町で待ち合わせをし、阪急で十三まで一緒に帰る約束をしていたので、かなりあせりました。少々友達を待たせてしまいましたが、飛行機には余裕で間に合いました(笑)
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| 城南宮 | 安楽寿院 |
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