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テーマ:幕末、その他

宮崎

 8月末から各所に旅行していますが、今回は九州限定のANAスーパー早割を使って、下関に行ってきました。下関だけが目的ならば福岡空港往復にするところですが…今回のスタートは宮崎空港。目的は西南戦争関連の史跡訪問です。昨年の12月に延岡に行っていますが、宮崎市内や大分市内に行き残した場所があるので、この機会に行ってみることにしました。

 宮崎空港到着は予定よりやや早い8:50。空港売店で限定キティなどをチェックし、宮崎空港駅から宮崎駅へ。乗ったのは普通電車でしたが、特急の車両を使用していました。宮崎駅を出て、市内の中心部方面へ歩くこと約10分。公園の隣にある宮崎カトリック教会は、西南戦争の際に西郷隆盛が2ヶ月間滞在していたという屋敷跡に建てられたものです。教会の前には西郷隆盛翁駐在之跡地碑と敬天愛人碑が並んで建てられています。宮崎市内では戦闘がなく、この石碑が西南戦争関連唯一の史跡です。

 見学後はデパートなどが立ち並ぶエリアをぶらぶら散策し、宮崎駅に戻りました。宮崎〜大分を走る特急は2時間に1本しかないので、乗り遅れるとその後の予定を大きく変更しなければなりません(^^;宮崎駅周辺でぶらぶらしていると、駅前のロータリーにハニワが置かれているのを発見。地域限定キティの宮崎バージョンが「夏みかん」と「ハニワ」の2種類なので、なんだか笑ってしまいました。

 宮崎から大分までは特急で約3時間。今回は大分駅ではなく、一つ手前の停車駅、鶴崎駅で下車しました。そこから在来線に乗り換えて牧駅へ。ここから歩いて15分ほどの大分県護国神社が大分での目的地です。ここには西南戦争に出征した陸軍部隊や警視庁警官たちの招魂場があります。牧駅から5分ほど歩くと「護国神社参道」と書かれた長い階段を発見。山道を5分ほど登りつづけると護国神社の駐車場に出ました。まずは神社に参拝し、招魂場を探します。うろうろしていると、展望所を発見。大分港まで望めるビューポイントでした。さらにうろうろしていると、西南の役墓地を発見。こちらは陸軍部隊の墓地です。多くの招魂碑は文字が薄くなってしまっていて、知っている名前は発見できませんでした。駐車場の裏手、展望所の手前と立地条件はよいものの、入口がわかりにくく、あまり手入れもされていないようです。もうひとつの西南戦争戦没警察官墓地はなかなか見つからず、半ば諦めかけて表参道の石段を下りていくと、左手にそれらしきものを発見。参道の石段を下りきったところに招魂場へ続く急な石段がありました。周りを木々に囲まれ、参道の石畳は苔生した状態。こちらもあまり手入れはされていないようです。佐川官兵衛の墓碑は向かって左端にありました。4月に阿蘇へ行った時には、白川村の資料館まで行ったにも関わらず見学ができなかったので、今回はちゃんとお参りができてよかったです。

 牧駅まで戻り、大分へ。大分始発の特急に乗り換え、小倉まで行きました。小倉ではアミュプラザのサンリオに寄るだけのつもりでしたが、何気なく手にしたパンフレットで、小倉城で宮本武蔵展が開催中、との情報を入手。しかも、まだ見学時間には間に合うので急遽小倉城へ向かうことにしました。武蔵と小倉のつながりは深く、「家は小笠原家へ、技は細川家へ」の述べたという記録があります。小笠原家は小倉藩主、細川家は熊本藩主。その言葉どおり、養子の伊織は小笠原家に仕え、現在もその子孫が小倉に住んでいます。そして武蔵は細川家の庇護を受けて熊本で晩年を過ごし、亡くなっています。この小倉城での展示は主に伊織の子孫の家に残された資料でした。初公開の資料もあったようですが、あまりPRされていないようでした。

 小倉城を見学後は京町商店街などを散策しながら小倉駅へ。在来線で下関に向かいました。

西郷隆盛翁駐在之跡地 ハニワ 西南戦争戦没警察官墓地 西南の役墓地
西郷隆盛翁駐在之跡地宮崎駅前西南の役墓地(大分市)西南戦争戦没警察官墓地(大分市)



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