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テーマ:幕末、その他

平戸

2003/01/18(SAT)

 年明け早々、18きっぷを使って箱根、沼津、水戸、草津と日帰りの旅を何度かしてきましたが、飛行機を使った旅はこれが最初です。目的地は長崎。しかし、長崎市内は何度も行っているので、今回は佐世保に宿泊し、平戸を訪ねることにしました。

 長崎空港から佐世保行きのリムジンバスに乗ったものの…途中、道路工事による片側通行の個所が多く、2時間近くかかってしまいました。佐世保から平戸へ向かうバスは30分に1本なので、予定していたバスには間に合わず、その次のバスもぎりぎりの状態でした。何とか間に合ったバスに乗ること1時間20分。平戸桟橋ターミナルに到着した時には、もう14時を回っていました。行きと同じく、帰りのバスも30分に1本なので、時間をチェックして出発しました。

 平戸の街は長崎同様、坂や階段が多いので、散策は徒歩が一番便利なようです。まずはバスターミナルから歩いて5分ほどのオランダ埠頭へ。日本が鎖国政策を取り、出島でのみ交易を許可する前は、平戸がオランダとの交易の拠点でした。それを示す遺構がこの埠頭一帯に点在しています。石で組まれた埠頭の階段や、灯台として用いられた常灯の鼻オランダ井戸など。そして、公園のように整備された一帯にはオランダ商館跡として、現在も発掘調査が行われているそうです。少し高台に上ると、オランダ塀と呼ばれる煉瓦造りの塀が今も残っています。

 石畳の坂道を上っていくと、港を一望できます。そこにあるのが観光資料館。小さな博物館ですが、ここには日本人とオランダ人などの混血児がジャカルタに追放された際、布などに望郷の念をつづった「じゃがたら文」が展示されています。受付の方によると、このじゃがたら文だけは重要文化財のため、写真撮影ができませんが、その他の展示資料については何を撮ってもOKとのこと。こんなことを言われたのは初めてでした(笑)ここには平戸出身の兵法学者、山鹿素行に関する資料が多く、山鹿流を修めた播州赤穂藩主・浅野内匠頭とその弟大学直筆の起請文や、四十七士の木造の一部、そして幕末期に山鹿流を修めた吉田松陰先生が萩から持参した茶碗、直筆の起請文など、貴重なものが多数展示されていました。私以外に見学が者がいなかったので、一つ一つの資料を受付の方が解説してくれました。赤穂浪士の木像は、由来ははっきりしていませんが、どうやら討ち入りの直後に赤穂から山鹿家に送られてきたものらしいとのこと。47体送られてきたはずだが、現在は20体ほどしか現存していないとのことでした。そのうち、大石内蔵助の像はやや大きく、ガラスケースに入れられていました。300年近く前に作られたものにも関わらず、鮮やかな塗料が今も残っていました。

 石畳の道を進んでいくと、松浦史料博物館という博物館があります。平戸藩主・松浦氏の居城跡で、海外交易の資料等が多数展示されているとのことでしたが…ここをゆっくり見ていると、その他を見ることができなくなりそうな時間がったので、もし帰りまでに時間の余裕があれば、見学することにしました。この周辺には、中国人が使ったとされる六角井戸や樹齢350年の大ソテツ、松陰先生が宿泊していた紙屋跡碑などがあります。

オランダ塀
オランダ塀
吉田松陰起請文
吉田松陰起請文
吉田松陰宿泊紙屋跡
吉田松陰宿泊紙屋跡


 それらを見学した後は、ゆるい坂を延々と登り平戸カトリック教会(ザビエル記念聖堂)へ。昭和初期に建てられたもので、非常に凝った造りになっています。内部の見学ができなかったのは残念ですが、じっくりと外観を眺めてきました。また、教会の裏手には寺院が立ち並んでいます。石段を下りながら、観光ガイドなどでよく見かける「寺院と境界のある風景」を楽しんできました。

 石段を降りきると、再び平戸桟橋に戻ってきます。商店街がありますが、時間がないので街歩きはカット(^^;300年以上前にかけられたという石橋の幸橋(オランダ橋)を横目に見ながら、平戸城に行きました。見学受付終了の10分前に到着しました(笑)この城は元は日の岳城といい、松浦市の居城として戦国時代に建てられました。しかし、さまざまな理由でこの城は焼かれ、以来100年ほど再建されることはありませんでした。その間居城としたのが、現在は松浦史料博物館となっている場所です。その後、山鹿流兵学にのっとって再建され、現在に至っています。明治時代の廃城令で廃城となり、一部の建物をのぞいて取り壊されましたが、昭和30年代に天守閣などが復元されました。天守閣はこじんまりとしていますが、最上階からの眺めがすばらしく、平戸大橋や九十九島を一望できました。また、特別展として「明治天皇と平戸展」が開催されていました。これは、明治天皇の祖母が松浦氏出身であったことによるものです。産着や食器類など、松浦家に下賜されたものが展示内容のほとんどを占めていました。

 一通り散策が終了したので、佐世保に戻ることにしました。佐世保市内には弓張岳展望台という夜景の名所があり、時間どおりにバスが進めば途中のバス停でうまく乗り継げるはず…でしたが、夕方の渋滞にはまり、10分ほど遅れてしまいました(;_;)弓張岳展望台へ行くバスは非常に少なく、次のバスは1時間半後。しかもそれが終バスなので、夜景を見る時間が全く取れません。仕方がないので夜景はあきらめ、佐世保の街をぶらぶら歩くことにしました。佐世保駅から第三セクターのMTR佐世保中央駅にかけて続く約1Kmのアーケードは、なかなか面白かったです。この街なら住めそうだなと思いました(笑)

平戸大橋
平戸大橋
平戸城
平戸城
幸橋
幸橋




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