沖縄
2003/09/06(SAT)
激戦の超割の予約が取れたので、久しぶりに沖縄に行ってきました。まさか取れるとは思っていなかったので、行きは始発、帰りは最終の予約を入れたのですが…特に何か目的があったわけではないので、時間が有り余ってしまいました。まぁ、たまにはこういう旅もいいものです。
那覇空港到着は9時半前。今回のホテルは、それまで電車のなかった沖縄に初登場したモノレール「ゆいレール」の駅から近いのですが、本数が少なく遅れることもしばしばということだったので1日乗車券等は買わず、バスの1日乗車券を購入しました。「ゆいレール」開業の影響でバスの本数は減少しているとはいうものの、那覇市内の主な観光・商業スポットへのアクセスはバスが便利です。バスでホテルまで移動し、荷物を置いて出発しました。
最初の目的地は泊港、通称「とまりん」です。時間が有り余っているので、フェリーでどこか離島にでも行こうかと思ってバスに乗ったものの、車内アナウンスがなかったので目的のバス停を通り過ぎてしまいました(^^;一つ先で戻り、港の北岸にあるペルリ提督上陸之地碑や泊外人墓地から先に見学してきました。1853年、ペリー一行を乗せた黒船は香港、マカオを経由して琉球に上陸。首里城で国王に拝謁しています。その時の模様は、「日本遠征記」に詳しく記述されています。沖縄はほとんど明治維新に関係した人物がいないので、ここは貴重な幕末史跡の一つです。泊国人墓地は18世紀に中国人の商人が埋葬されたのを初めに、欧米やアジア各国の人々が埋葬されています。観光地化されていないので、落ち着いた雰囲気がありました。「とまりん」へは橋を渡って5分ほど歩きます。青空と青い海が美しく、ぜひ今度は船で離島へ渡ってみたいものです。
バスで県庁前まで戻ったのは、まだお昼前。ちょっと観光通りでお土産を探し始めたものの…重いものは空港で調達したかったので、バスで空港まで行ってリサーチすることに(笑)意外と空港では私の探しているものが少なく、国際通りをじっくりと探す必要がありました。また、閉店時間などもチェックできたので、ここで空港に行っておいたのは正解でした。またバスで市内へと戻り、国際通りをちょっと裏道に入ったお店でランチ。地元の人もよく利用する食堂なので、あちこちでうちなー口が飛び交っていました。味も値段も、かなりいい感じでした。お腹が満たされたので、腹ごなしに国際通りを散策。松尾から牧志までぶらぶら歩き、前回はお休みだった牧志公設市場へ。冷房は効いていますが、暑い沖縄で生鮮食料品を扱うには消毒が必須なのでしょう。塩素の臭いと生物の臭いが入り混じっていて、ちょっと気持ち悪くなってしまいました。1階が市場、2階が食堂になっていますが、私はここでは食事をする気になれませんでした。鮮魚を扱う店には、青や赤の熱帯行のような魚が並べられ、どんな味がするのだろうかと不思議に思いましたが…もっと涼しい時に来ればよかったかもしれません。
市場を抜けると服や雑貨を扱う店が建ち並ぶ商店街が続き、さらに進むと壷屋というエリアに出ます。ここは「壷屋焼」という焼き物(やちむん)の工房が集中し、近年まで使用されていた南ヌ窯(ふぇーぬかま)や、釉薬を使用した上焼の窯として唯一現存している東ヌ窯(あがりぬかま)、共同井戸(かー)、石畳の道など、古きよき沖縄の雰囲気をよく残しています。まずは壷屋の入口にある壺屋焼物博物館を見学しました。古い壷屋焼の展示や、うちなー口(字幕あり)による映像、移設した窯の展示など盛りだくさんです。壷屋焼に関する知識を得た後、周辺を散策。観光バスが通らないエリアなので観光客も少なく、沖縄らしい街並みをじっくりと楽しむことができました。
先ほどとは別の商店街を抜け、国際通りまで戻りました。ちょっと疲れたので、ホテルに戻ることに。せっかくなのでモノレールに乗ることにしました。むつみ橋から美栄橋まで歩き、ダイエーで地元の食材を安く調達。モノレールの到着を待ちました。ところが、先に来るはずの首里方面行きは来る気配がなく、先に空港方面行きが来てしまいました。遅れに関しては何のアナウンスもありません。東京だったら、1分遅れただけでもアナウンスがありそうなものですが…このあたりはさすが沖縄、といったところでしょうか(笑)2両編成の車両はほぼ満員で、大江戸線と同じくらいの大きさでした。ホテルでゆっくり休み、ちょっとだけ夜の国際通りを散策してこの日は終了しました。
2003/09/07(SUN)
21時までたっぷり時間があるので、ホテルもぎりぎりにチェックアウト。とりあえずはバスで、琉球国王の別邸として使われていた庭園、識名園に行くことにしました。県庁前のバス停で市内線を待っていると、なんだか天候が怪しくなってきました。バスに乗る直前に雨が降り出し、すぐにスコールのような土砂降りに。今、バスを降りたら一瞬でずぶ濡れになりそうだったので、識名園は通過。首里城公園前も通過し、国際通りまで戻ってきた頃には少し雨の勢いも収まってきました。まだお昼には早かったので、さらにバスに乗りつづけ「西武門前」で下車。10分ほど歩いて波之上宮に行きました。その歴史は古く、沖縄の総鎮守として信仰を集めていましたが、戦災で焼失。現在の建物は、5年前に改築されたもので真新しい感じがしました。そのすぐ裏手にあるのが波の上ビーチ。那覇の中心部から最も近い海水浴場です。すぐそばに県庁や空港などがあるにも関わらず、とてもきれいな水と砂浜でした。
続いては、そこから歩いて15分ほどの福州園へ。ここは那覇と中国の福州との友好を記念して作られた中国風の庭園です。持っていたガイドブックには入園料315円と書かれていましたが、実際には無料でした。一歩足を踏み入れると、ここは本当に日本なんだろうか?と錯覚してしまうような風景が広がっています。大きな池や滝、山、塔など福州の名勝を凝縮したつくりになっているそうです。明らかに日本の庭園とは違う雰囲気で、大陸との交流が盛んだった琉球王朝時代の雰囲気を味わえました。
そこからは、先ほど乗ったのと同じバスで識名園へ。すっかり天候も回復し、まぶしい日差しが降り注いでいます。識名園は18世紀の終わりに作られ、国王の別邸として使われる一方、中国からの冊封使の接待にも使用されました。園内のほとんどは戦災で焼失しましたが、戦後30年を経て復元が行われました。園内は広く、復元された御殿(うどぅん)や池、そこにかかる二本の石橋、南部の田畑を一望できる勧耕台など、見所も満載です。日本庭園とも福州園のような中国庭園とも違う、独特の雰囲気がありました。ここは世界遺産に登録されている「琉球王国のグスク及び関連遺産群」のひとつです。首里城ほどメジャーではありませんが、のんびりと琉球王朝時代の雰囲気を味わえるスポットだと思います。
午前中に乗ったバスは識名園前を経由して首里城へ向かったので、同じバスに乗ったつもりでした…が、どうも違う道を通っています。という訳で、首里城ではなく国際通りまで行ってしまいました(笑)ちょうどお昼時だったので、牧志で下車。タコライスを食べようと目をつけていたお店に行ったのですが…店の外まで並んでいたので諦め、以前行ったことのある「ヘリオスパブ」へ。夜のメニュー同様、昼もリーズナブルでおいしかったです。そして、改めて首里城へ。しかし、かなり暑かったので先に県立博物館を見学しました。首里城から近く、沖縄の歴史を総合的に学習できる博物館です。前回は南部方面の戦跡をいくつか見学したものの、あわただしかったので資料館には一切入りませんでした。そのため、沖縄の歴史を改めて学ぶような形になりました。それほど大きなスペースではありませんが、旧石器時代から現代までの沖縄の歴史を豊富な資料と解説パネルでわかりやすく紹介しています。特に第二次大戦前後の展示は、楽しいとはいえないものばかりでしたが…今まで知らなかったことが多く、勉強になりました。その他には沖縄に生息する動物の剥製や民具、焼き物、昔の服装などの展示がありました。時間のゆとりがあったので、じっくりと見学できたのがよかったです。
まだ暑いものの、少しは日差しが弱くなってきたので首里城公園へ。首里城の見学前に、歴代の琉球国王の墳墓である玉陵(たまうどぅん)へ。ここも世界遺産登録されている「関連遺産群」のひとつです。沖縄のお墓は一族全員が入るので大きいのですが、ここは桁外れに大きいです。向かって左側が国王と王妃、右側がその他の一族、真ん中は「風葬」のために遺体を安置する場所だそうです。沖縄では人が亡くなると棺を墓所内に安置し、数年後にその骨を洗い清めて派手な装飾の施された厨子甕に納めます。左右にある厨子甕は華やかなものがほとんどですが、真ん中には誰のものかわからない、質素な甕が昔から一つだけ安置されているそうです。その甕をめぐって、さまざまな言い伝えがあるとか。小さな展示コーナーには、最後にここに埋葬された第二尚氏20代目の尚典の葬儀にまつわるエピソードや写真の展示がありました。
いよいよ、首里城の見学です。観光バスの団体はいませんでしたが、それでもかなりの人出です。守礼門、園比屋武御獄石門、歓会門、瑞泉門、漏刻門、広福門と見学し、奉神門をくぐって正殿前の御庭(うなー)へ。奉神門と正殿をつなぐまっすぐな道を挟むように、白と赤の瓦が交互に敷き詰められています。まっすぐな道は「浮道」と呼ばれ、神聖な道として位置付けられていました。冊封式など儀式の際には白と赤の縞に沿って人や物を並べたそうです。さらに正殿を囲んで南殿・北殿という建物があり、すべて内部を見学できます。南殿には美術品が、北殿にはパネルやジオラマが多く置かれていました。正殿は国王の御座所が見事に復元されていて、きらびやかでした。これだけの史跡が、戦火に帰してしまったのは残念でなりません。まだ復元中の建物もあるようなので、今後の発展も楽しみです。
たまたま開催されていた琉球舞踊の上演を見たり、観光バス駐車場の上にある首里杜館の展示を見たりして、つい長居してしまいました。首里城周辺の標準見学時間は2時間とのことでしたが、私は4時間近く見学していました(笑)バスで市外中心地に戻り、国際通りのスタバでちょっと休憩。その後はお土産を買い込み、空港へ。時間を持て余すのでは?と思っていましたが、それほどでもありませんでした。
(C) MOTOKO