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テーマ:幕末、その他

大阪

2003/06/15(SUN)

 5月は「オケピ!」観劇のため、2回大阪を訪れました。今回も会場は同じフェスティバルホールですが、目的はALFEEのライブ参加です。毎年、年末の大阪城ホールライブは欠かさず参加していますが、春のツアーで大阪に参加するのは5年ぶりです。当初の予定では土日2日間とも参加するはずだったので、初日は大阪泊で大阪市内の観光。2日目は京都泊で、京都を観光後、再び大阪に戻ってライブ参加。3日目は京都か奈良の観光…とプランを練っていましたが、諸事情で2日目のみの参加となってしまったため、時間の余裕がなくなってしまいました。京都は翌週に行く予定があったので、ここは京都泊をカットすることにして、大阪で行きたいと思っていたところを攻略することにしました(笑)

 いつもより2本遅い便で大阪入りし、梅田で「大阪周遊パス」というきっぷを購入しました。これは大阪市内の各私鉄が乗り放題+大阪城や通天閣などの観光施設へ入場可能なきっぷです。しかし、最初に向かったのは入場可能施設に含まれていない海遊館です(笑)目的は水族館ではなく、ここの売店で限定発売されているキティのタオルをGETすることでした(^^;タオルを買いに行く前に、天保山公園を散策しました。ここは日本で最も低い山(標高4.53m)として有名です。また、幕末期においては幕府方の軍艦が停泊するなど、史跡としての一面も持っています。伊庭八郎の「西征日記」にも、将軍家茂が江戸へ帰還する際、ここから軍艦に乗船したことが記されています。公園内には「明治天皇監艦之所」石碑や、錦絵に描かれた幕末期の天保山のパネルがありました。その後は海遊館で無事にタオルをGETし、USJ行きの船に乗りました。この船は周遊パスでは乗船できませんが、ちょっとしたクルーズ気分が味わえるので一度乗ってみたかったのです(^^;大阪のベイエリアの風景を楽しみながら、10分ほどでUSJに到着しました。USJではまたしても地域限定キティを購入(笑)そこからはJRで梅田まで戻りました。

 せっかく周遊パスを購入したものの、まだ観光施設の入場には一度も使っていません(^^;そこで、大阪城へと向かうことにしました。天守閣へは天満橋か谷町4丁目からのアクセスが便利なので、東梅田駅から地下鉄に乗りました。大阪城へ向かう前に、「西征日記」に何度も登場する「天神」こと大阪天満宮へ立ち寄ることにしました。八郎の大阪での宿舎は谷町九丁目付近の大仙寺というお寺でしたが、八郎の父が泊まっていたお寺が大阪天満宮の近くだったようで、父を訪ねた帰りにこちらへお参りに来ていました。特に八郎の感想は書かれていませんが、意外と狭い境内をどう散策したのか、気になるところです。

 南森町から地下鉄に乗り、天満橋へ。駅のすぐ近くには、かつては船着き場として多くの旅人でにぎわっていた八軒家跡の石碑をチェック。ここも「西征日記」に登場します。そして15分ほど歩き、大阪城内へと入りました。この周遊パスで西の丸庭園に入場できるので、まずは庭園から天守閣を撮影。1995年のAPEC大阪会議で使用された大阪迎賓館も見学し、天守閣へと向かいました。天守閣は途中階までエレベータで上り、そこからは階段です。とはいっても、重文や国宝天守閣のようにきつい階段はないので、楽に最上階まで行けました。雨は降っていませんが、どんよりとした天候のため、大阪市内を一望…というわけには行かなかったのが残念です。天守閣内部には多数の資料が展示さ れていたので、かなりの時間を費やしてしまいました。

 次は大阪歴史博物館へ。しかしその前に、同じ建物の中にあるNHK大阪放送センターを見学しました。東京の放送センターは有料ですが、こちらは無料です(笑)東京に比べれば規模は小さいものの、アナウンスの体験コーナーや視聴者公開番組への参加、過去に放送された番組の閲覧、スタジオ見学などができます。来年の大河ドラマの資料があるかな、と期待していましたがまだ早すぎるようでした(笑)しかし、「武蔵」のパンフレットや関連書籍の販売が行われて いたので、来年の分も期待はできそうです。歴史博物館は10〜6階が展示室になっていて、半分は資料の展示、半分はそれぞれの時代における大阪の町の再現セットが組まれています。最上階は難波宮、9階は江戸時代の堂島付近、8階と7階は吹き抜けになっていて、大正〜昭和初期の心斎橋付近となっています。遊びながら楽しく大阪の歴史を学べる、非常によい施設だと思いました。幕末関連の展示は少ないものの、近代大阪経済の基礎を築いた五代才助の紹介パネルがあり、上海渡航の際に晋作と交流があったことも記載されていました。史跡は各所に点在していますが、「大阪の歴史」の視点から見ると、幕末はそれほど重要な時代ではなかったのかもしれません。

 すっかり見学に時間を取られてしまい、16時を過ぎてしまいました。見学に行こうと思っていた四天王寺の拝観時間を過ぎてしまったので、最後に通天閣に行ってホテルへ戻ることにしました。その前に、歴史博物館前の国立大阪病院にあるという大村益次郎卿殉難報国之碑を探したのですが…敷地内を2周しても見つけることができませんでした(;_;)翌日、改めて探してみたところ、病院外の南東角に石碑がありました(^^;いくら敷地内を探しても見つからないはずです…。それはさておき、通天閣も中へ入るのは13年ぶりです(笑)通天閣と言えば年代物のエレベータが有名でしたが、2001年にリニューアルしたそうです。以前はかなりの恐怖を感じた記憶がありましたが、今回は大丈夫でした。晴れていれば関西空港まで見えるらしいですが、今回は梅田のビル街までが限界でした。ぜひ次回は晴れた日に訪れたいものです。

 フェスティバルゲートを抜け、動物園前駅から梅田に戻りました。このフェスティバルゲートですが、閉店している店が多く、名物のジェットコースターも動いていないようでした。不況のあおりなのか…なんだか寂しい気持ちにな りました。ホテルではほとんどゆっくりできず、そのままフェスティバルホールへ。開演が5分ほど遅れたため、間に合いました(^^;ライブはかなり盛り上がり、1日だけですが参加できてよかったです♪しかし、疲労もピークに達していたので 終演後は速攻帰りました(笑)翌日は奈良へ行くことにしました。

天保山 大阪天満宮 八軒家跡 歴史博物館
天保山公園大阪天満宮八軒家跡歴史博物館


2003/06/16(MON)

 奈良での観光を一通り終え、16時すぎに大阪へ戻ってきました。前日に行き残したところが多数あるので、飛行機の時間ぎりぎりまで散策をすることにしました。奈良からは近鉄で戻ってきたので、上本町で下車。この上本町(谷町九丁目)〜天王寺付近は寺町で、幕末の人物にゆかりのある寺も多数あります。まずは八郎が宿舎としていた大仙寺に行きました。戦災で消失したため、現在はコンクリートの建物になっていたのが非常に残念です。道路を挟んでほぼ向かい側にある妙法寺も「大松」を見に行ったとして「西征日記」に登場します。その松は枯れてしまい、現存しませんが建物は戦災を免れているそうです。

 この界隈には新選組がらみの史跡もいくつかあります。しかし、歩いていくにはちょっと遠いので、地下鉄で移動することにしました。ところが、持参した資料をぱらぱらとめくっていたところ、前日発見できなかった大村益次郎卿殉難報国之碑の詳細地図を発見してしまったため、急遽谷町4丁目から先に行くことにしました。無事に石碑を発見できました(笑)ラッキーなことに、病院前から天王寺行きのバスがあったので、これを利用しました。

 主な史跡が集中しているのは地下鉄の四天王寺前夕陽丘駅周辺なので、バスもここで下車。まずは駅から最も近い大江神社へ。ここは新選組関連の史跡ではなく、長州関連の史跡です。神社には全く案内板などありませんが、立ち入り禁止となっている区域にかつて禁門の変で戦死した長州藩士48名の招魂社がありました。現在は「旧山口藩殉難諸士招魂之碑」という石碑が残っているそうですが、見ることはできませんでした。招魂社は後に霊山護国神社に合祀され、48基の招魂碑は阿倍野墓地へ移されました。今回は阿倍野墓地まで行く時間がなかったので、ぜひ次回はこちらへもお参りしたいです。

 大江神社から少し南に行ったところの清水坂という石段を上り詰めると、清水寺があります。京都の清水寺から本尊を招き、かつては舞台もあったとのこと。拝観時間ぎりぎりで間に合った…と思いましたが、鍵がかかっていて拝観できませんでした(;_;)現在は舞台の代わりに展望所があるとのことですが、八郎が訪れた頃の雰囲気が全くないのが残念です。

 そこからさらに5分ほど天王寺方面へ進むと、一心寺に着きます。ここは大坂夏の陣の際、家康が布陣したとされる古刹ですが、現在は演劇などに利用される一心寺シアターなどユニークな寺としても知られています。この境内には「明治戊辰伏見之役 東軍戦死者招魂碑」と刻まれた石碑があります。家康ゆかりの寺ということで、東軍=旧幕軍の招魂碑が置かれたようです。後で調べたところ、境内には会津藩墓地もあったそうで…ここはもう一度、訪れて参拝したいと思いました。

 このまま南下すると四天王寺ですが、拝観時間を過ぎてしまっているので戻ることに。四天王寺前夕陽丘駅と谷町九丁目駅の間に、新選組の宿舎として使われていた大寶寺萬福寺があるので、それらを拝観しに行きました。残念ながらどちらも閉門時間を過ぎていたため、中に入ることはできませんでした。大寶寺は幕末当時そのままとのことですが、萬福寺は火災で焼失してしまったため、現在の建物は昭和40年代の再建です。

 ぶらぶらと散策しているうちに、結局谷町九丁目まで歩いてしまいました(笑)しかも、もうほとんど時間がありません(^^;急いで心斎橋へ行き、地域限定キティを買って伊丹空港へ。今回は今まで行ったことのなかったところばかり散策できたので、非常に充実した旅になりました。

大仙寺 妙法寺 大村益次郎卿殉難報国之碑 一心寺 東軍戦死者招魂碑 萬福寺
大仙寺妙法寺大村益次郎卿殉難報国之碑東軍戦死者招魂碑萬福寺

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