津和野
2002/02/09(SUN)
松江を9時過ぎに出発し、津和野へと向かいました。1時間後の特急「スーパーおき」を使ってもよかったのですが、特に松江で見残したところも無いので、途中の益田駅で特急に乗り継げるよう、1時間早い快速で出発です。進行方向右側の席に座ったので、ずっと日本海の景色を楽しみながらの3時間でした。
益田駅で特急に乗り換え、津和野へ。どんよりと雲がかかっていますが、雨は降っていなかったのでレンタサイクルを借りました。雨だったら殿町付近を散策するだけで精一杯と思っていたので、足を伸ばして森鴎外旧宅へ。
前回はちょっとしか見学しませんでしたが、今回はその裏手にある森鴎外記念館も見学しました。ワンフロアでそれほど広くはありませんが、館内は明るく、手紙や遺品などが多数展示されていました。特に興味をひかれたのは、鴎外の子供達を紹介しているコーナー。長男が於菟(Otto)、次男が不律(Fritz)、三男が類(Louis) 、長女が茉莉(Marie)、次女が杏奴(Anne)と、それぞれ外国でも通用する名前がついているのです。森茉莉さんだけは以前から知っていましたが、他の子供達の名前は非常にインパクトが強かったです。そういえば大学時代に、とある教授の知り合いに「もり はんす」という名前の人がいて、ハーフかと思ったら森鴎外の孫だった、という話を聞いたことがありました。この樊須(Hans)さんは、於菟さんの息子のようです。鴎外の作品よりも、子供達の名前の方が印象に残りました(笑)
津和野駅方面へ戻る前に、森鴎外旧宅からすぐのところにある西周旧宅を見学しました。西周は幕末の思想家で、森鴎外とは親戚関係にあたります。明治維新後、多数入ってきた学術英語を日本語に和訳したのが、この西周でした。この旧宅は、津和野町の重要文化財に指定されています。
そこから自転車を駅の方へ走らせると、太鼓谷稲荷の赤い鳥居が山の上に見えてきます。山のふもとにある津和野高校には、津和野城主の亀井氏の邸宅跡嘉楽園が隣接しています。今は公園となり、石碑と案内板しかありません。また、すぐ近くには津和野城の馬場先櫓が残っています。こちらは建物を残しています。
川を渡り、再び殿町へ戻ってきました。鯉のいる水路や古い町並みを楽しみつつ、津和野カトリック教会を見学しました。建物の中に一歩足を踏み入れて驚いたのは、畳敷きになっていたこと。以前は畳敷きの教会も多かったようですが、生活様式の変化に伴って減少し、現在は天草の崎津天主堂、京都の宮津カトリック教会とここの3つだけになってしまったようです。
一通り津和野の街をめぐり、駅へ戻りました。1本後の電車にすれば乙女峠へも行けましたが、小郡へ行く前に山口に立ち寄りたかったので、今回は行くのをあきらめました。
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| 森鴎外記念館 |
西周旧宅 |
馬場先櫓 |
津和野カトリック教会 |
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