静岡
2004/12/18(SAT)
私は1997年の冬以来、年に2回必ず名古屋に行っています。目的は春と秋に行われるALFEEのコンサート。毎回いろいろな行き方・帰り方を試していますが、今回は静岡まで特急、静岡〜浜松を新幹線、浜松〜豊橋を普通、豊橋〜名古屋を快速と、ちょっと鉄道オタク風なプランニングをしてみました(笑)
東京〜静岡の特急は1日に2本しかないので、乗り遅れると大変な事になってしまいます(^^;とりあえず、無事に乗れました。静岡到着は9:30すぎ。静岡は1996年のアルコン以来、ずっと通過ばかりしていたので、今回はちょっとだけ観光することにしました。まず最初に行ったのは、駅前にある浮月楼という料亭。ここはかつて幕府の代官屋敷があり、後に戊辰戦争の際水戸で謹慎をしていた徳川慶喜が移されてきました。慶喜は約20年にわたってこの地に住み、狩猟や写真など楽隠居のような生活をしていたそうです。庭園は一般公開されているので、ちょっとだけ見学してきました。静岡での慶喜の暮らしぶりは質素だったと伝えられていますが、この庭園は植治こと小川治兵衛の作で、大名屋敷の庭園のようでした。
この近くにある駿府博物館に、慶喜の書があるというので見学に行きました。博物館という名前なので、大きな建物を想像していましたが、実際はビルの2階のワンフロアが展示室になっている、ギャラリーのような博物館でした。しかも慶喜の書は今回展示されていませんでした。幕末の人としては、韮山代官で砲術家の江川英龍、そして勝海舟の書がありました。展示品は水墨画と書だけなので、「博物館」ではなく「美術館」の方が紛らわしくなくていいのでは?と思いました。
駅前から10分程歩くと、静岡市役所です。ここの議事堂はちょっとレトロでいい雰囲気だったので撮影してきました。市役所の敷地はかつて、駿府町奉行所があった場所だそうです。道を挟んで向かい側には静岡県庁があり、その正面は駿府城跡、今は駿府公園です。アルコンで行っていた静岡市民文化会館もこの敷地内にありますが、公園を散策するのは初めてでした(^^;公園のほぼ中央には徳川家康像と、家康お手植えのミカンの木があります。ミカンの木はフェンスで囲われていますが、実をつけているのが見えました。樹齢何年なんだろう?と思うと、ちょっと驚きです。
駿府城は1635年の天守閣焼失後、天守閣が再建されることはありませんでした。城内にあった建物も廃城令で全て取り壊されましたが、数年前に巽櫓と東御門が復元されています。公園を出て、お堀の向こう側から見てみると、本当のお城のようにも見えました。
最後に、新静岡駅のすぐ近くにある西郷・山岡会見之史跡を見に行きました。鳥羽伏見の戦い後、江戸へ向かう途中、駿府に滞在していた西郷隆盛を山岡鉄舟が訪問し、江戸の攻撃を中止するよう求めた会談がこの場所で行われました。山岡との会談では、まだ江戸攻撃を完全に中止するという決断はされませんでしたが、その後、勝海舟の説得を進めるにあたって多少はよい影響を与えたのだと思います。石碑のほかにも、この会談についての説明パネルが近くにあり、その扱いの大きさはちょっと意外でした。
静岡駅に戻り、浜松停車のひかりに乗りました。浜松では在来線との待ち時間を利用して駅前の遠鉄百貨店に行ってキティをGETしてきました。豊橋では特に何もせず、快速に乗り換え。金山で下車するはずが、気が付いたら岐阜でした。米原行きだったので、もし終点まで眠っていたら大変なことになるところでした(^^;
(C) MOTOKO