萩
1998/9/5(SAT)
前日は一日中下関を歩き回ったので、朝起きても疲れが抜けていませんでした(^^;しかし、萩の観光は下関と同じくらい、この旅の中では重要なものだったので、疲れになんか負けていられません(^^;9時過ぎにホテルをチェックアウトし、小郡駅新幹線口から東萩駅行きの特急バスに乗って萩へと向かいました。東萩駅前でバスを降りると、駅に向かって右手に大きなレンタサイクル店がありました。そこで自転車を借り、早速萩市内の観光へと向かいました。
まず私が向かったのは、松陰神社です。山陰本線の踏切を渡り、10分ほど走ると着きました。境内には、松下村塾や吉田松陰幽囚旧宅、吉田松陰歴史館、吉田松陰遺墨展示館などがあります。松下村塾には多くの塾生が集まったとのことですが、その敷地は非常に狭く、8畳と10畳の2部屋しかありません。こんな小さな場所だったのか…と、びっくりしました。そこから少し山の方へ向かうと萩焼の像の立つ伊藤俊輔(博文)旧宅があり、さらにゆるい坂道を上っていくと、松陰が幼少時代に教育を受けた叔父、玉木文之進の旧宅があります。そこからは急な坂道が続き、それを登り切ったところが吉田松陰誕生の地です。ここは萩市内を一望できる場所で、隣接して松陰やゆかりの人々の墓地があります。
 |
 |
 |
 |
 |
| 松陰神社 | 松下村塾 | 伊藤俊輔(博文)旧宅 | 玉木文之進旧宅 | 吉田松陰誕生の地 |
山を下り、市街地を20分ほど走ると、右手に日本海が見えてきます。そのまま海岸に沿った道を走ると、萩城跡(指月公園)に着きます。城は明治の廃藩置県によって取り壊され、今は石垣とお堀が残っているだけです。公園に隣接して萩資料館や旧厚狭毛利家萩屋敷長屋などの施設もあり、私が行ったときは大型バスで来た観光客の姿が多かったです。
萩城跡を後にして、街中を走っていると、城下町らしい雰囲気があちこちに漂っています。この辺り一帯は萩城城下町として、史跡に指定されています。江戸時代初期の建物が残る菊屋家住宅や、木戸孝允旧宅、高杉晋作旧宅などがあります。この辺りは、まさに「世に棲む日日」に描かれている萩の街の風景そのものだと思います。前日は下関で、高杉晋作のお墓と亡くなった場所を訪れ、この日は彼が生まれた家と育った街を訪れ…ファンにはたまらない旅をしているなぁ、と思ってしまいました(^^;この旅をするまで、別にファンでも何でもなかった私ですが…小説の影響もあって、ちょっと晋作ファンになりつつあります(笑)
城下町を自転車を押しながらぶらぶら歩いた後、近代的な外観の萩美術館を見学しました。ここでは常設展として、全国でも珍しい浮世絵が多数展示されています。また、この時は特別展として「醍醐寺展」が開かれていました。仏像も展示されていたのですが、お賽銭が大量に置かれていたのには驚きました(^^;
美術館からまっすぐ駅の方へ向かって延びる通りを進んでいくと、郷土博物館があります。萩の歴史や萩出身の偉人たちを紹介した展示があり、無料スポットながら十分に楽しめました。その斜め向にあるのが、萩の藩校、明倫館です。現在は道場として使われていた「有備館」や水練池(プール)などが残っています。
そのまま大きな道を走っていると、バス通りにぶつかります。右に曲がると萩駅、左に曲がると東萩駅です。萩駅の駅舎は少しレトロな雰囲気がするという話を聞いていたので、ちょっと足を延ばしてみることにしました。バス通りを走ること10分ほどで、駅が見えてきました。以前はこの駅が萩市の交通拠点だったということですが、現在は東萩駅にしか特急が止まらず、この駅には切符の券売機すらありません(^^;(キヨスクで買えるらしいです。)駅に隣接して、萩の観光案内所と萩の紹介パネルを展示しているスペースがあるのですが、この辺りを訪れる観光客は少ないようです。
市街地へ再び戻り、まだ訪れていなかった場所があることを思い出しました。それは吉田松陰や高杉晋作が投獄されていたことのある野山獄の跡地でした。向かいには身分の低い者が投獄された岩倉獄の跡もあり、ここでは松陰とともに密航を試みて投獄された金子重之助が獄死しています。住宅地の中にあるのですが、この場所だけは小さな空き地になっていて、「獄跡」という標識がひっそりと立っています。
時計を見ると、そろそろバスの時間です。今回は、小郡に戻って岩国まで行かなければならなかったため、萩での観光は早く切り上げねばなりませんでした。ここでも少し未練を残しつつ、東萩駅へと向かいました。着いたときには気がつかなかったのですが、駅前の広場には萩城天守閣の模型がありました。最後にこれの写真を撮り、小郡行きのバスに乗り込んで萩の街をあとにしました。
(C) MOTOKO