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テーマ:幕末、その他


2000/12/8(FRI)

 小郡から萩へ向かうバスを、今回は途中の「大田中央」で降りてみました。ここは奇兵隊と藩の正規軍が戦った地で、奇兵隊の屯所が置かれた大田金麗社があります。バス停から歩くこと約10分、人気のない場所にそれはありました(^^;夕暮れ時で、かなりさびしかったですが…境内には屯所があったことを示す碑文や、戦死した人たちの慰霊碑が建っていました。この辺りから「絵堂」という場所にかけては、古戦場が多数残っているとのことですが…今は山間の静かな風景が広がっています。再びバスに乗り、萩バスセンターに着いたのは18時すぎでした。ホテルでおいしい夕食をいただき、明日以降に備えて早めに寝ました。

大田絵堂戦・記念碑 金麗社
大田絵堂戦・記念碑大田金麗社




2000/12/9(SAT)

 ホテルで自転車を借り、早速出発しました(笑)萩の朝は、底冷えがする寒さでした…。ホテルから程近い、野山獄と岩倉獄の跡を見て、まずは萩城城下町へ。桂小五郎旧宅を見学し、次は青木周弼の旧宅へ…と思ったところ、団体さんとぶつかってしまったので(^^;、ひとまずお城の方へ行ってみました。萩史料館は、萩の歴史をコンパクトにまとめている博物館です。展示スペースは広くありませんが、志士の遺墨や江戸時代の調度品、古写真の展示など…なかなか濃い内容でした。
 指月公園は前回見学したので、ちょっと別の方へ自転車を走らせてみると…冬季閉鎖中のキャンプ場がありました。そこへ入ってみると、海岸線が広がり、日本海が一望できるロケーション…水も砂も、とてもきれいでした。

 再び自転車を走らせ、城下町方面へ。ふと思い立って、久坂さんの生誕地に行ってみました。前回はさらっとしか見学しませんでしたが、碑文や句碑などが3つも建っていて、ちゃんと見てみるとなかなか面白かったです。しかし、ここからは藩校の明倫館は近いですが、松下村塾までは2,〜3Kmくらいあるのでは…と思いました。

 バス通りを通って、再び城下町へ。晋作の旧宅と、天狗の面で有名な円政寺を見学しました。旧宅はちょうど団体さんと入れ違いだったので、のんびりと見学することができました。円政寺はお寺の境内に神社もあるという、神仏混在のめずらしい寺です。ここの住職が伊藤俊輔(博文)の母親と親戚だったことから、伊藤はこの寺に預けられたこともあったそうです。そして、晋作は子供の頃、この天狗の面をみて度胸を養ったといいます。今はだいぶ色もあせてしまっていますが、晋作が子供の頃はもっと赤かったのかな…と想像をめぐらせてみました。

 次は、前回行けなかった萩駅へ。レトロでとてもいい雰囲気の駅舎なのに、ここを通る電車は上下線あわせても一日30本程度です。前回と同じく、ちょっとさびしい風景でした…。
 松本川の川岸まで戻り、山県狂介(有朋)の生誕地藍場川の鯉を見て、再び川岸を走って松陰神社まで行きました。村塾を見学し、神社でお参りした後は念願の松陰遺墨館へ。松陰先生の書状をはじめ、村塾門下生ゆかりの品もいくつかありました。司馬さんの「世に棲む日日」ではあまり触れられていなかったと思いますが、世田谷の松陰神社には、松陰先生のお墓の横に一回り小さな墓石があるそうです。それは村塾の門下生であった野村和作(靖)の墓で、「死してなお侍する」という意味がこめられているとのこと…野村和作といえば、蛤御門の変で戦死した入江九一の実弟で、松陰先生がだんだん過激になり、晋作たちの手におえなくなった時も、最後まで先生の片腕となったことでも有名です。世田谷のお墓、お参りに行ってみようかな…と思いました。

 資料を購入し、品川弥次郎と前原一誠の生誕地を見学して、今回の萩散策は終了です。松陰先生の生誕地まで行く体力は残っていませんでした(^^;なんとか滑り込みで小郡行きの特急バスに乗れたので、少し小郡でのんびりしてから電車で次の目的地、下関へと向かいました。

日本海 久坂玄瑞生誕地 円政寺 藍場川
萩港久坂玄瑞生誕地円政寺藍場川



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