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テーマ:幕末


2001/7/7(SAT)

 すっかり定番となった全日空の「超割」。今回もこれを最大限に活用した旅をしてきました。通常だったら使いづらい石見空港を利用して萩へ。130人乗りの小型機を使ったのは大阪→高知の移動以来…1時間半のフライトで小型機というのは少々窮屈に感じました。利用者が少ない→小型機を使う→あまり快適ではない→ますます利用者が減るといった悪循環に陥っているような気がします(^^;もっとも、石見空港のある島根県益田市は山陰本線と山口線が通るものの、萩・津和野という二大観光地どちらからも1時間と、あまり便利な立地とはいえません。日本海側に空港を造ったことに意味があるのかもしれませんが、萩へのアクセスは山口宇部空港からの方が便利そうです(笑)

 石見空港からバスで1時間ちょっと。東萩駅に着いたのは11時過ぎです。天気予報では雨と言われていたので、今回はバスで回るしかないかな…と思っていましたが、なんとか天気はもちそうです。自転車を借り、いつもの散策コースへ(笑)萩はこれで4回目。道もだいぶわかってきています。東萩駅から松本川を渡り、少し走ると市内の中心部です。野山獄岩倉獄の跡を見て、大きな通りをまっすぐ進むと旧益田家などの武家屋敷などが残る地区に出ます。途中で右手に進むと女台場の碑や海水浴場があります。まだあまり天気はよくありませんでしたが、長く弧を描いた海岸線と指月山のある風景はとても見事でした。
 指月公園の近くまで行き、今度は菊屋横丁へ。青木周弼旧宅と桂小五郎旧宅、そして高杉晋作旧宅を見学しました。晋作のところはちょっと混んでいましたが、けっこうのんびりと見学できました。今回、初めて気がつきましたが…東行庵の庵主は初代のおうの(梅処)さんから3代の玉仙さんまでは尼さんでしたが、4代と5代の方は男性だそうです。しかも現在の5代目の方は功山寺の住職さんと兼任だとか。功山寺と言えば、晋作の銅像もあるゆかりの地で、なんだか不思議な縁を感じました。

 自転車で市街の中心地を通り、松陰神社へ。松下村塾松陰遺墨館を見学しました。遺墨館の方は、展示内容の入れ替えが行われたそうですが…どれが新しい展示なのかわかりませんでした(^^;今回は見学している人がかなり多く、狭い館内がよりいっそう狭く感じられました(笑)
 伊藤俊輔(博文)の旧宅の横を通り、久しぶりに高杉晋作草庵跡へ。急な坂でかなりきついですが、到着した時に眼下に広がる萩の街並が、その疲れを癒してくれるようです。松陰先生の像を見たり、東光寺上の墓地にある晋作や松陰先生、久坂さん、稔麿などの墓参をしました。

 いつもは小郡までバスで行き、そこから山陰本線で下関まで行っています。しかし今回は山陰本線で下関まで行ってみることにしました。普通電車の本数も少ないですが、特急電車にいたっては一日1往復しか走っていません(^^;これを逃すとかなり厳しいので、早めに東萩駅に戻りました。長門市から美祢線経由で厚狭まで行ける電車にも間に合いましたが、駅前のお店で萩の地ビール「村塾」を飲んでから帰ることにしました(笑)ふくの唐揚とヴァイツェン・ブラウンエール・ペールエールの3種類が楽しめる「テイスティングセット」をいただきました。去年の12月に山口宇部空港から帰ったときに買った村塾の「維新の三傑」バージョンでは、ヴァイツェン=桂、ブラウンエール=西郷、ペールエール=大久保でした。人物的には桂が一番好きですが、味は大久保のペールエールが一番好みでした。下関では長府まで行かないと買えないので、ここでペールエールと、セットには入っていなかったピルスナーの2缶を購入。東萩駅に戻り、特急「いそかぜ」を待っていました。すると10分ほど遅れて到着するとのアナウンス…まぁ、それほど急いではいないでの、気長に待つことにしました。それにしても駅には人がいません(^^;そのうちこの特急もなくなってしまうのではないかと少し不安に思ってしまいました。

 電車は12分遅れて到着し、一路下関へ。東萩→萩→玉江と、萩の町をぐるっと迂回するような感じで進んでいきました。日本海沿岸を進み、下関には予定時間の4分遅れで到着しました。どこで8分縮めたのかは、謎のままです(^^;

菊ヶ浜 高杉晋作墓所 東萩駅
菊ヶ浜高杉晋作墓所(東光寺上)東萩駅



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