防府
2004/10/17(SUN)
防府を観光するのは3年ぶりになります。前回は観光協会のお姉さんにつかまり、長話をしてしまいましたが…今回は次の予定もあるのでつかまらないことを祈りつつ、観光協会に足を運びました。そのお姉さんはまだいましたが、私には気づいていないようです(笑)スムーズに自転車を借りることに成功し、出発しました。
最初の目的地は防府天満宮です。前回は駅から近いように感じていましたが、思ったより遠かったです。徳山からの移動中、沿線の住宅で屋根にビニールシートがかかっている家がいくつか見られたのが印象に残っていたのですが、天満宮内の春風楼も被害を受けたようで、工事の足場が組まれていました。天満宮にお参りをし、防府天満宮歴史館で開催されていた「天神さまと高杉晋作」という特別展を見学しました。館内はそれほど大きくありませんが、晋作を中心に、狂介、弥次、久坂など松下村塾のメンバーの掛け軸、防府ゆかりの人・野村望東尼の和歌、奇兵隊の守護旗として使われていた「菅原大神」の旗などが展示されていました。この旗は、確か東行庵で見たことがあったような…と、ちょっと切なくなりました(^^;
次は周防国分寺へ。この辺りも台風の被害が大きかったようで、聖天堂の屋根が壊れ、立ち入り禁止になっていました。金堂は拝観できるようでしたが、特に興味がなかったので止めておきました。観光協会でもらった地図によると防府天満宮の次に見所として挙げられていましたが…かなりさびしい雰囲気でした。
今回は毛利氏庭園はパスし、天満宮近くの宮市本陣兄部家を見学した後、駅前に戻って海の方へ。防府天満宮のあたりは「宮市」、海側は「三田尻」と呼ばれていたようで、宝物館の資料の中に「宮市の天満宮」という記述があったことをふと思い出しました。まずは野村望東尼終焉の地の石碑を見に行き、その後は望東尼のお墓を探しました。桑山公園の中腹にあるという情報は得ていたので、終焉の地ほど近いところにある公園の案内図を見てみると、記載がありました。案内板のある入口とは逆方向で、山を越えるかぐるっと周って別の道を探すか…という状態でした。さすがに山越えは嫌だったので、ぐるっと周る方を選択。するとかなり急な石段の側に望東尼を紹介する案内板を発見。山道を登っていくと、お墓を発見できました。参道は全くと言っていいほど手入れがされていませんが、お墓の周りはきれいになっていました。どうやら防府には望東尼の顕彰会があるようです。墓所からは周防灘を遠く望むことも出来ました。
この後は御船蔵などにも行きたかったのですが、時間がなくなってしまったので、今回の散策はこれで終了です。急いで駅前に戻り、自転車を返して新山口行きの電車に乗りました。この電車を逃すと、乗り継ぎの関係で新山口から山口に行くのが2時間近く遅れてしまいます(^^;不完全燃焼気味でしたが、また防府には行く機会があると思うので、次回はもう少し時間を取って見学したいと思っています。
(C) MOTOKO