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テーマ:幕末レトロ、その他

下関

2000/5/8(MON)

 前回、前々回と、下関ではなかなか天候に恵まれなかったのですが…今回はかなりいい天気でした\(^o^)/福岡空港から19:30の便で帰るので、17時半に下関を出れば余裕で間に合います。…と言うわけで、この日は朝から夕方まで、下関を歩きつくしました。

 時間的な余裕がかなりあったので、今回も東行庵へ行くことにしました。10:17下関発の秋芳洞行きのバスで行くと乗換えがないので、その発車時刻に遅れないように、桜山神社を見学してきました。ここは「桜山招魂場」とも言われ、維新で亡くなった人達の墓石がずらっと並んでいます。正面のやや大きな墓石は松蔭先生のもので、左には吉田稔麿と久坂玄瑞、右には高杉晋作と入江九一と…村塾の四天王といわれた4人が控えています。平日の朝にもかかわらず、地元の方が何人もお参りに訪れていたのも印象的です。

 ここから高杉晋作終焉の地は歩いて5分ほどです。療養の地も近いらしいのですが、詳しい地図を持っていなかったので、今回は行けませんでした(;_;)終焉の地には、お花が備えられていました。ゴールデンウィークで訪れた人が多かったのかな…と思いましたが、この日はさすがに私しかいませんでした(^^;白石邸跡を通り、少し早めに駅へ戻って郵便局へ。振込みをしたり、キティちゃんの絵はがきを買ったりしてバス停へ。

 下関駅から東行庵入口へは約1時間です。桜は散ってしまいましたが、東行庵の池のほとりにはたくさんのつつじが咲いていて、とてもきれいでした。東行記念館を独占状態で見学し、晋作関連の本を買ってお墓の方へ。「東行庵だより」という冊子をおまけにいただきました(^^)晋作のお墓の裏には「紅葉谷」と呼ばれる場所があるのですが、なぜかそこの紅葉が一本だけ赤くなってました…そこだけ前回訪れた11月と同じで、かなり不思議な感じでした(^^;バスの時間にはかなり余裕があったので、奇兵隊隊士たちのお墓の方まで行ってみました。ここには1996年に赤根武人のお墓が移設されてきたそうです。赤根は品川の英国公使館焼き討ち事件などに参加し、奇兵隊総督を務めたこともある人物ですが、佐幕派の人物と交流があったために「俗論派」の汚名を着せられ、慶応2年に処刑されました。また、これらのお墓の近くには司馬遼太郎の「街道を行く」の碑文もあります。そろそろバスの時間が近づいてきたので、東行庵駐車場内の売店で「維新12傑ビール」の晋作バージョンを買って帰りました。長州からは晋作と伊藤俊輔(博文)のビールしか出ていないので、どうして桂のがないの?と少々不満です(^^;(福沢諭吉や大隈重信のまであるのに…)

 今回はバスで下関まで戻ることにしました。小月駅から電車の接続があまりよくなかったのと、長府へ行くためです。40分ほどかかりましたが、下関駅から再びバスで戻るよりは早かったです。月曜日なので長府博物館は休館日でしたが…功山寺は晋作の馬上像だけで私的には十分です(笑)今回初めて知ったのですが、功山寺の内部も見学できるらしいです。今回はなんとなくタイミングを逃してしまったので、次回はぜひ、内部も見学してみようと思います。

 次はバスでみもすそ川へ。火の山展望台に登りたいと思っていたのですが、ロープウェイが運休とのことであきらめました(;_;)時間的にかなり余裕があると思ってたんですが、残り時間はあと1時間半です。日清講和記念館の内部、唐戸周辺のレトロな建物、そして日和山公園の晋作像を見学して、ちょうどよい時間となりました。日和山公園ではデジカメのメモリーがいっぱいになってしまい、あまり写真を撮ることができなかったのが残念でした。豊前田商店街を通って駅前まで戻り、シーモール内の書店では晋作本を3冊も買ってしまいました(^^;ちょっと重かったですが、東京ではまず見かけないような本ばかりで、帰ってきてから大満足です(^^)

 小倉からは新幹線を使い、博多へ向かいました。博多では特に見たいところもなかったのでそのまま地下鉄で空港へ。搭乗口に行ってみると…私の乗る飛行機は、なんとピカチュウジェットでした(笑)国内旅行はほとんど全日空を使っているのですが、実際にピカチュウジェットに乗ったのは初めてだったのでとてもうれしかったです(笑)そんな感じで、今回の旅は終了です。とにかく移動距離が多かった旅でしたが、その地域でしか買えないようなものをたくさんGETできたので、大満足でした(笑)

桜山招魂場 春の紅葉 御裳川 日清講話記念館 ピカチュウジェット
桜山招魂場東行庵みもすそ川日清講話記念館ピカチュウジェット



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