下関
2001/2/25(SUN)
防府から普通電車で1時間半、下関に着いた頃には再び雨が降り出していました。どうも下関に来ると一度は雨に降られるようです…。海峡ゆめタワーに行きたいと思っていましたが、今回も断念です。ま、次の日に火の山へ行くからいいか…とあきらめ、駅の周辺をぶらぶらしました。駅の中にある観光案内所をちょっとのぞいたところ、「××日まで火の山ロープウェイ休業」の文字が…。日付のところがちゃんと見えず、ちょっといやな予感はしましたが…明日に備えて早く帰りました(笑)
前回、下関を訪れたのは12月なので、まだあまり時間がたっていません。前回はとにかく晋作関係のところを重点的に回ったので、今回はあえて晋作から離れた旅をしてみようと思いました。なので、久しぶりに関門周遊パスポートを買ってみました。とりあえずはバスで唐戸へ。関門連絡船に乗るのも久しぶりです。今回は東行庵へは行かないことにしたので、かなり時間的な余裕があります。まずは門司港タワーに登って、対岸の下関の街並みを見てみることにしました。海峡ゆめタワーや日和山公園から見る風景とは違い、関門海峡と日本海を同時に眺めることができたのはとてもうれしかったです。こうやって見ると、まさに下関は海峡の街なんだなぁ…という印象です。見慣れた関門大橋も、逆側から見ると少し違う印象でした。
地上に戻ってくると、ちょうどブルーウィング門司が開橋しているところでした。1日6回しか見られないので、ちょっと得した気分です(笑)レトロな建物を見たり、ぶらぶらした後、船で下関に戻りました。唐戸周辺は最近開発が進み、水族館の移転オープンや市場のリニューアルなど、新しいものが多くなってきているエリアです。このあたりはあまりじっくりと散策したことがないので、今回はのんびり歩きながら赤間神宮まで行ってみることにしました。
まずは山陽道の終点でもあり、四国艦隊砲撃の際本陣が置かれた亀山神宮へ。いつもはバスで通り過ぎてしまっていたのですが、境内には砲台の跡を示す石碑と説明の看板が立っていました。現在の唐戸市場が建っている場所は、幕末当時は海岸線だったのでこの場所に砲台が置かれたのも納得です。
ここから5分ほど歩くと日清講話記念館があります。その途中には幕末の志士が滞在したという本陣伊藤邸跡があります。晋作が亡くなったとき、龍さんとおりょうさんは実はここに滞在していたという話も残っています。ただ、晋作と龍さんは小説やドラマで描かれているほどの交流はなかったようで、実際に会ったのも数回だけだったといいます。当然、晋作が亡くなったことも知らなかったそうですが…でも、晋作の葬列はここの前を通らなかったのかな?と思ってしまいました。
赤間神宮の前からバスに乗り、みもすそ川へ。今度こそ火の山へ!と思ってロープウェイ入口へ向かうと「2/28まで設備点検のためロープウェイ休業」の文字が…(;_;)またしても、火の山へ登ることができませんでした。まぁ、門司港から海峡の風景は楽しんだのでいいか…とあきらめ、再びバスに乗りました。そして長府へ。長府もいつもなら功山寺だけ行っておしまいですが、今回はぶらぶら散策することにしました。
バス停からいつもと逆の方へ歩き、商店街を抜けたところにあるのが忌宮神社です。ここは仲哀天皇が熊襲平定の際に7年間政治を執り行った場所で、非常に古い神社です。境内には「長府の松下村塾」と言われた(らしい)集童場という建物もありました。しかし、ここにゆかりのある人々は乃木希典以外、あまりメジャーではなく、知らない人ばかりで残念でした(^^;その乃木希典の旧宅は、今は乃木神社になっています。境内には復元された乃木旧宅もあり、見学は無料です。等身大の木像が置かれているのですが、リアルでちょっと怖かったです(^^;
ここからは、いつもの見学コースです(笑)乃木神社から長府毛利邸の前を通り、功山寺へ。天気もよく、晋作の馬上像もいつも以上にかっこよく見えました。下関には3つの晋作像がありますが、この功山寺の馬上像が一番好きです(^o^)
城下町長府バス停から下関行きのバスに乗り、駅まで戻りました。駅周辺でぶらぶらと買い物をし、普通電車で小倉へ。小倉からは特急「にちりん」で博多まで行きました。博多ではスタバの限定タンブラーや博多キティなどをGETし、とんこつラーメンも食べて来ました♪今回の下関散策はいつもと違うコースをたどってみましたが、たまにはこういうのんびりしたペースでもいいかな…と思いました。
 |
 |
 |
 |
 |
| 関門海峡の風景 | ブルーウィング門司(北九州市) | 亀山砲台跡 | 本陣伊藤邸跡 | 乃木神社 |
(C) MOTOKO