下関
2003/02/11(TUE)
3泊4日の中国地方周遊の旅も、この日が最終日です。卒業旅行Part1の時は下関から岩国、倉敷、京都、名古屋と電車で帰りましたが、今回は山口宇部空港から飛行機で帰ります。周遊きっぷがあるので、宇部空港へは宇部新川駅からバスで行くことにしました。そうすると、リムジンバスで向かうより30分近い余裕があります。この旅を決めた時には、まさかこのようなことになるとは思っていませんでしたが…2003年1月31日付けの新聞で報道されたとおり、高杉晋作の遺品等を展示する東行記念館の閉館が決定してしまいました。事の起こりは、東行記念館を運営する宗教法人東行庵と、高杉家の子孫らとの間で、東行記念館の管理体制について温度差ができてしまったことによります。東行記念館は開館後30年以上たっており、建物の老朽化が指摘されてきました。また、宗教法人東行庵には檀家が居らず、宗教法人としての活動をもっと重視すべきとの声があがったそうです。話し合いは決別し、東行記念館に「寄託」というかたちを取っていた高杉家所有の史料を、晋作の曾孫にあたる高杉勝氏が東京へ持ち帰るという事態になってしまいました。東行記念館の今後について、詳しいことを聞くためにまずは電車で小月まで行き、東行庵へと向かいました。
下関を出たときから冷たい雨が降っていて、またしても「下関に行くと雨が降る」のジンクス通りになってしまいました。晋作たちの墓参をし、銅像や東行庵は軽く見ただけで早速東行記念館へ。2階の展示室に入ってみると、思っていたよりは展示品があって安心しました。なくなっていたものは、高杉家の見取り図、晋作の産着、しつけ刀、久坂さんからの書状、上海土産のアルバム、おうのさんにあげたかばん、愛用のグラス、文机など。リピーターにとっては見れなくて残念に思うものばかりですが、道中三味線や文箱、おうのさんの扇などが残っていたのでよかったです。でも、一番残念だったのは、2階へ上がる階段の正面に置かれていた晋作着用の甲冑。兜は高杉家に遺され、具足は山縣有朋へ贈られ、山縣家で保存されていたものです。具足だけになってしまった展示ケースのところに「両家のご好意により、セットで展示している」といった旨の説明書きがそのままになっていたのがさびしかったです。
もしかしたら、東行庵出版の本は今後手に入りにくくなるのでは?と思い、帰りがけに東行庵出版の本を買い込みました(笑)その際、受付の方に東行記念館の今後について伺ってみると、東行記念館は2003年2月28日をもって閉館することが決まったそうです。高杉家が引き上げた晋作の遺品の新たな保管先としては、下関市と萩市がともに名乗りをあげています。下関では新しい博物館の建設が計画されているので、そこで管理したいと主張。一方、萩市は現・東行記念館副館長の一坂太郎氏を市の職員として迎え、新しい記念館を作る計画だといいますが、一坂氏もまだ今後のことは決めかねているそうです。個人的には下関の方が行きやすくてうれしいですが、それならなぜ、東行記念館が閉鎖の危機に追い込まれているのに早く対策を取らなかったのか、と思ってしまいます。東行庵の所有となっている遺品、その他の寄託品についても、今後どうなるかは全く決まっていないそうです。
記念館が閉館しても、晋作のお墓はそのまま残るので、この吉田の地は今後も訪れることになるでしょう。しかし、現在のような賑わいはなくなってしまうような気がして、さびしく思いました。おそらく、これが見納めになるだろう…と、最後に東行記念館を隅々まで見学し、バスで小月へ。電車で下関へ戻り、「関門周遊パスポート」を購入。気持ちを切り替え、時間ぎりぎりまで下関の街を楽しむことにしました。
たまたま来たバスが秋芳洞行きだったので、一気に城下町長府へ。お約束の功山寺に行く前に、駅でGETした観光パンフレットに書かれていたふく天丼が食べられるお店に寄りました。甘辛いたれが淡白なふくの味とマッチし、おいしかったです。壇具川沿いをぶらぶら歩き、功山寺へ。まずは前回・前々回と振られ続けた長府博物館を見学しました。少し展示の入替があったようですが、あまり幕末関連の資料はありません。しかし、2001年に催された企画展「三吉慎蔵と坂本龍馬」展の図録をGET。功山寺本堂の裏手にある、三吉家の墓所も無事に見つけることができました。お墓参りをし、晋作の馬上像や山門を見て、バス停まで戻りました。
雨が少し弱まってきたので、みもすそ川で降りて関門大橋を眺めてきました。何度訪れても、この風景は見飽きることがありません。後続のバスに乗って赤間神宮前で降り、逆側からの眺めも楽しんできました。
唐戸に着いたのは15時ちょっと前。大河ドラマ「武蔵」がらみの巌流島ツアーの船もここから出るようです。まだ受付には間に合いましたが、どうせ行くなら天気のよいときに…と思い、門司港へ行くことにしました。船は大荒れで、すごいことになってました(^^;門司港では特に何をするでもなく…ぶらぶらと30分ほど散策しただけでした。
再び唐戸に戻ってきたので、カモンワーフでちょっと買い物。その後、旧英国領事館も見学。しかし、まだ時間が十分あるので、唐戸周辺に点在する史跡を巡ってみることにしました。まず発見したのは教法寺。奇兵隊と藩の正規隊(先方隊)が衝突した寺で、この「教法寺事件」の責で晋作が奇兵隊総督を罷免されています。その裏手にある本行寺には奇兵隊隊士の墓所があるそうですが、寺の入口を発見できませんでした(;_;)周辺には林扶美子生誕地、金子みすゞ童話制作の地などがあります。そして、旧秋田商会では初めて階上を見学。外観はレトロな洋館にも関わらず、中は純和風。2階・3階には座敷があり、屋上にはお社があるそうです。雨なので屋上へは行きませんでしたが、内部と外観のギャップが何だか面白かったです。
散策はこれで終了。下関駅に戻り、駅周辺でちょっと買い物をして宇部新川に向かいました。宇部新川駅では、3月末で引退となる「クモハ42」という、戦前から走っている列車のオレンジカードを販売していたので、つい買ってしまいました(笑)飛行機の出発時間があと30分遅ければ、生でその車両を見学できたのですが…それは叶いませんでした。
(C) MOTOKO