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テーマ:幕末、その他

下関

2003/09/27(SAT)

 宮崎空港から大分、小倉を経由して下関に着いたのは18時半。夕食を調達し、ホテルで休憩後は駅前の観光バス乗り場へ。偶然ネットで見つけた関門海峡夜景観光バスに乗車するためです。JRを利用し、市内のホテルに宿泊する観光客なら誰でも無料で乗車できるという、非常にお得なバスです。火の山展望台から夜景を鑑賞し、各ホテル最寄のバス停を経由して下関駅まで戻ってきます。火の山には何度も行っていますが、夜は初めてです。しかもこの日は快晴。最高の夜景を楽しむことができました。観光ガイドの方が途中までバスに同乗し、各所の案内をしてくれたのも楽しかったです。なぜか幕末ネタが多く、武蔵関連で下関を訪れている人にとってはあまりなじみのない話題ばかりではないかと、少々心配してしまいました(^^;

関門海峡の夜景 巌流島 武蔵・小次郎像 人工砂浜
関門海峡の夜景巌流島武蔵・小次郎像人工砂浜




2003/09/28(SUN)

 宿泊したホテルは下関での定宿ですが、新たに1日400円のレンタサイクルを始めたらしいので借りることにしました。当初の予定では、下関から小月まで電車で移動し、東行庵へ。下関に戻り、自転車で唐戸まで行って巌流島へ。時間が余れば帰り道、新地方面へ足を伸ばすはずでした…が、レンタサイクルを準備してもらうのに思いのほか時間がかかり、小月行きの電車が行ってしまいました(;_;)運の悪いことに、バスの時刻がその電車に接続するものしかわかりません。半泣き状態で駅前のバス案内所へ行き、小月からの時刻を教えてもらいました(^^;小月からのバスは非常に少なく、JRとの接続がよさそうなのは2時間後の便です。なので、東行庵は後回しにし、先に巌流島へ行くことにしました。
 唐戸まで自転車を走らせ、関門汽船の乗船券発売窓口へ駆け込むと、私の前で満員と言われてしまいました(;_;)と最初は言われたもの、1人ならOKと無事に乗船券GET(笑)満員の船内に滑り込み、巌流島へ渡りました。 唐戸〜門司港よりも激しく揺れましたが、10分ほどで到着。別の船からも多くの観光客が続々降りてきます。巌流島は周囲1.6Kmという小さな無人島で、そのうち1/3は下関市、2/3は民間企業が保有しています。周囲は埋め立てが進み、武蔵と小次郎が決闘した時代に比べて面積は3〜6倍にも広がっているそうです。文学碑、佐々木小次郎の墓所ではないかと言われている石碑、そして決闘シーンの銅像など、それほど見所は多くありませんが、ここから見る関門大橋はまさに絶景。橋の写真ばかり撮ってきてしまいました(笑)定期船での標準的な滞在時間は40分。島を一周し、写真を撮ったりするにはちょうどいい時間です。

 唐戸に戻り、電車の時間まで周辺を散策しました。地図を片手に探したのが稲荷神社。この辺りは「稲荷町」という花町で、おうのさんが働いていた堺屋もこの辺りにあったといいます。現在も飲食店やホテルなどが立ち並んでいますが、当時の面影を残すのはこの神社だけだそうです。

 また、前回この辺りを散策した時に発見した教法寺と、新たに発見した本行寺も見学。教法寺は高杉晋作率いる奇兵隊と、萩藩正規の組織である先鋒隊とが先鋒隊宿舎であったこの寺で衝突し、殺傷事件を起こしてしまいました。晋作はそのために奇兵隊総督の職を解かれることとなります。この事件はやがて晋作らの挙兵、下関会所の襲撃へとつながっていきます。一方、本行寺には第二次長州征伐の小倉戦争で戦死した奇兵隊隊士らの墓所があります。前回は本行寺を見つけられませんでしたが、教法寺のすぐ裏手にありました。本行寺の入口は教法寺に向かって右手の細い路地を入ったところにあり、少々わかりにくいです。

 そうこうしているうちに、下関駅に戻らなければいけない時間になってしまいました。おうのさんの養父で、晋作らを支えた豪商、入江和作の旧宅跡だといわれている広島総合銀行下関支店と、旧秋田商会を少しだけ見学し、下関駅へ。今度は間に合いました(笑)

 下関発小郡行きの普通電車で小月へ。この「小郡」という行き先も、まもなくなくなってしまうのはさびしいです。確かに「新山口」の方が新幹線駅としてはわかりやすい名前だと思いますが…もしかして、小郡町と山口市の合併をもにらんだ駅名変更なのでは?と妙に勘ぐってしまいます(^^;約20分で小月駅に到着。10分ほどの待ち合わせで、東行庵へ。次のバスは30分後と2時間後です(笑)2月末を持って閉館、ということになっていた東行記念館ですが、実は6月から新資料を加えて再オープンしたそうなので、2時間後のバスに乗ることにしました。晋作たちの墓参をし、陶像を見学するとだいたい30分。記念館が閉館中のときは、この30分後のバスがちょうどよさそうです。記念館に入ってみると、2室あった2階の展示室が1室になっています。新資料は晋作直筆とされる手旗、書状1通くらいだったと思います。とにかく展示品が少なく、思わず数えてしまいました(^^;晋作の遺品や奇兵隊関連、その他資料が約50点。写真パネルが10枚ほど。やはり高杉家所蔵の品物が多かったんだな…と改めて感じました。高杉家の資料は萩市の博物館に委託展示されることになっているので、私のお気に入りのグラス、直垂、道中三味線などは萩で見られることを期待しています。1冊、新しい本が出版されていたので購入して帰りました。書籍等を購入するともらえる「東行庵だより」ですが、3月に発行された101号をもって休刊中とのことです。「東行庵だより」編集者であり、東行記念館副館長であった一坂太郎氏が閉館に伴って副館長を解任されたので、発行したくても編集する人がいないそうです。また、非常に残念なことに、一坂氏と東行庵を管理されている方との間で訴訟問題まで起きていて、どうしてここまで泥沼化してしまったんだろう?と非常に残念に思いました。

 小月から下関まで戻り、自転車を走らせて再び唐戸へ。時間がなくて見られなかった「青春交響の塔」というオブジェを見に行きました。このモニュメントは1866年の第二次長州征伐において共に戦った奇兵隊開闢総督の高杉晋作と海援隊隊長の坂本龍馬の邂逅を記念し、晋作の誕生日である8/20に除幕されたものです。モニュメントには2人の肖像の銅板が埋め込まれ、解説文と古川薫氏による碑文が傍らにあります。このモニュメントの除幕式に合わせ、市立美術館で晋作・龍馬展があったらしいです。もう少し早く、下関に来ておけばよかったな…と思いました。

 少し時間的な余裕ができたので、カモンワーフで軽くお昼を食べることにしました。時間が遅かったので、お昼時には長蛇の列ができることで有名な回転寿司屋にも余裕で入れました。ここは全品120円という非常にお得な店です。ふくにぎりもあり、人気があるのも納得です。接客はよくありませんが、費用対効果を考えるとおすすめできる店です。その後はカモンワーフで少々買い物をし、下関駅へ。

 福岡空港20:40発の便を予約していましたが、博多でいろいろと行きたいところがあったので下関を17時頃に出発することにしました。残り時間はあと1時間ほどです。せっかく自転車があるので、最近あまり行っていなかった東行庵跡、すなわち高杉晋作療養の地へ行くことにしました。もう少し時間があれば桜山神社へも行きたかったのですが、今回は残念ながらパスです。厳島神社の交差点を右折し、JRの高架をくぐってすぐの道を左折。細い坂を登っていくと、民家の敷地内に石碑があります。現在でも閑静な住宅街で、病気療養にはちょうどよい場所だと思いますが、晋作はもっとにぎやかな場所がいいと言って、終焉の地の石碑がある林算九郎方へ移っています。その石碑を見て、再び下関駅に戻りま した。

 在来線で小倉まで行き、新幹線に乗換え。わずかの差でレールスターに乗れず、こだまで博多へ。中村俊介くん主演の映画「ロッカーズ」の舞台が博多なので、そのロケ地にもなったホークスタウン周辺に行くつもりでしたが、隣の福岡ドームではダイエーが優勝をかけた試合を続行中。大変な混雑、混乱が予想されたので予定変更(^^;バスでキャナルシティに行き、九州限定のキティを探してきました。キティの捜索中、偶然ロッカーズグッズを発見したのでGET(笑)次は天神に移動し、映画のロケで使用された「うま馬」というお店へ。博多ラーメンの元祖の流れを汲む味、ということでかなり期待していったのですが…あっさり味だったので、ちょっと物足りなかったです。店内にはロッカーズのロゴ入りボードやポスターがあり、まぁ、それが見られたからいいか…と思っていましたが、後で映画を見て驚いてしまいました。私が座った席はなんと俊介くんが座っていた席。なんだか運命のようなものを感じました(笑)

 最寄の赤坂駅から地下鉄に乗り、福岡空港へ。ちょっと疲れていたので、帰りはスーパーシートに変更してしまいました(^^;

本行寺 青春交響の塔
本行寺青春交響の塔



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