下関
2004/01/24(SAT)
昨年の9月以来、5ヶ月ぶりの下関です。ANAの超割を利用したので、先週・先々週の京都旅行とは違い、かなり前から計画を立てていた旅でしたが…天候は全くの予想外でした(^^;西日本を中心とした寒波の影響で、下関も数日間雪が降り続いているような状態でした。幸い、積雪はほとんどなかったので歩き回るのはそれほど大変ではありませんでしたが、自転車に乗る計画は変更を余儀なくされました(^^;
旅のスタートは福岡空港。まっすぐ下関には行かず、買い物のために佐世保まで行ってきました。博多から佐世保まで、沿線はずっと雪が降り続いていました。とくに伊万里あたりは積雪も多く、車窓の風景はまるで東北地方のようでした(^^;佐世保では、玉屋と「ビッグマン」というハンバーガーショップに行っただけでしたが、目的の品物を無事にGETできたのでよかったです。
博多行きの特急に出発1分前にぎりぎり滑り込み、再び博多駅へ。博多ではキャナルシティと櫛田神社、博多町家ふるさと館に行ってきました。櫛田神社は「ロッカーズ」のロケで使われていたので、以前から行ってみたいと思っていた神社でした。ここは、博多祇園山笠の出発地点で、境内には山笠も展示されていました。隣接する町家ふるさと館は、商人の町「博多」と武家の町「福岡」の境界線を示しながら、「博多」の伝統、文化などを紹介した小さな博物館です。祇園山笠のドキュメンタリー映像が流されていたので、ついつい見入ってしまいました。
博多から小倉までは特急で、小倉からは普通電車に乗り換えて下関へ。あまりに寒かったのでホテルに直行し、夜は外出しませんでした。
2004/01/25(SUN)
空は晴れているものの、時折雪がちらついています。はじめは、関門周遊パスを購入するつもりでしたが、それほどたくさんの場所をめぐる時間はなさそうだったので、パスは使わずに行くことにしました。まずは唐戸へ。教法寺、本行寺と奇兵隊関連のお寺をめぐり、稲荷町へ。末廣稲荷神社を見学し、国道に沿った裏道を歩いて引接寺まで行きました。このお寺に行くのは初めてです。ここは春帆楼で行われた日清講和条約の全権大使、李鴻章の宿舎となったお寺で、坂本龍馬の下関での定宿として知られる本陣伊藤邸の主、伊藤家一門の墓所もあります。この寺の三門に彫られた龍は、かつてこの寺の前を通る旅人を夜な夜な殺していたという伝説があります。ある侍によって退治された龍は、胴体が真っ二つに斬られていたそうです。ちなみに、現在の龍の彫り物は胴体がちゃんとつながっています(笑)
そこから歩いて数分のところが本陣伊藤邸跡。その隣が春帆楼です。時間があったので、日清講和記念館も見学してきました。そして赤間神宮へ。今まであまり境内を散策したことがなかったので、今回はじっくりと散策。耳なし芳一の木像を安置する芳一堂や、平家一門の墓所七盛塚、安徳天皇陵など。赤間神宮よりさらに上にある紅石稲荷神社の前には展望台がありましたが、目の前に高層マンションが建築中だったので関門海峡を一望…という訳にはいかなかったのが非情に残念です。ここで関門海峡を一望できなかったので、雪にもかかわらず火の山へ行ってみたくなってしまいました。運良く…というか運悪くというか、赤間神宮前バス停に行くと、ちょうど火の山行きのバスが来ました。これは行くしかありません(^^;しかし、山頂まで行ったのは私一人でした。ロープウェイが休止になって以来、火の山へ行くのは観光バスに乗った人たちばかりのようです。路線バスは1時間おきなので、嫌でもたっぷりと関門海峡の風景を楽しむことができます(笑)一瞬、雪が止んだ時に下の展望所まで行き、写真を撮ってきました。そして1時間後、下山するバスに乗りました。ロープウェイがなくなってしまったのは不便で、非情に残念です。
ここでけっこう時間を使ってしまったので、東行庵まで行くのがちょっと厳しくなってしまいました。とりあえず長府まで行くことにし、早めに散策が終わったら東行庵へも足をのばすことにしました。城下町長府のバス停から、忌宮神社へ。境内を抜け、乃木神社まで行くと団体さんに遭遇しました。「武蔵」ブームは過ぎたとはいえ、下関を訪れる観光客は相変わらず多いようです。練塀の横枕小路を抜け、和同開珎が作られた長門鋳銭所跡でも知られる覚苑寺へ。ここは長府毛利家の菩提寺でもあり、1863年の馬関戦争の際には長府藩の本陣も置かれました。1864年、山口から長府へ移った五卿の宿舎が功山寺に置かれた時には奇兵隊がこの寺を宿舎としています。境内には乃木希典の銅像もありました。奇兵隊関連の案内板や石碑などは全くなく、一坂さん著のガイドブックを持っていなかったら、ここを訪れることもなかったでしょう。乃木神社界隈のにぎわいとは正反対に、とても静かなお寺でした。
ここから数分歩くと長府毛利邸の裏手に出ます。さらに5分ほど歩くと功山寺です。お気に入りの晋作像を眺め、長府博物館横にある万骨塔で知っている名前を探したりと、のんびり過ごしてきました。壇具川沿いを散策しながら、城下町長府のバス停まで戻ろうとしていた時…目の前を秋芳洞行きのバスが通過していきました(^^;東行庵へは行けなくなったので、ゆっくり昼食でも取ろうと入ったのは「維新庵」というお店。普通の喫茶店風のお店ですが、ふぐをとても安く食べられました。けっこう穴場かも知れません。
東行庵へ行く時間はなくなってしまいましたが、まっすぐ下関へ戻るにはまだ早いので長府駅方面行きのバスに乗りました。前出の一坂さん著のガイドブックに書かれていた、旧白石家門を見学するために長府駅へ。国道を下関方面へ数分行ったところにある携帯ショップの横に解説板があり、門はその裏手にありました。土塀が崩れかけ、あまり手入れされていなかったのは残念ですが、この門を晋作は何度もくぐったんだろうな…と、しみじみ眺めてきました。長府駅へは徒歩5分ほど。しかし、この時間帯は1時間に2本しか電車がないため、30分近く待ってしまいました。
下関駅に戻ってきても、まだ時間の余裕があります。ぶらぶら歩いて、白石正一郎邸跡と高杉晋作終焉の地へ。厳島神社の太鼓も見てきました。あと1時間ほど時間があったので、桜山神社か日和山公園、どちらかに行こうと迷っていると下関駅行きのバスが来たので日和山公園へ行くことに。かなり久しぶりに、あの長い階段を上りました(笑)雲の切れ間から夕日が差し込み、晋作の陶像はスポットライトが当たったように光っていました。でも、相変わらず怖い顔をしていました(^^;帰り道、公園隣の光明寺をちょっと見学しようと行ってみましたが、すでに門が閉ざされていました。ここは久坂玄瑞らが「光明寺党」を結成し駐留した寺で、1863年の馬関戦争の際には攘夷の急先鋒となりました。本堂には刀傷が今も残されているそうです。残念ですが、ここの見学は次回に取っておくことにしました。
ホテルに荷物を取りに戻り、下関駅へ。宇部新川行きの電車だったので、終点まで乗り換えなしに行けて楽でした。宇部新川で空港行きのバスに乗り換え。宇部全日空ホテルバス停を飛ばしてしまい、逆戻りするというアクシデントがあったものの、無事に宇部空港に到着しました。
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