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テーマ:幕末、その他

下関

2004/05/04(TUE)

 新岩国から新幹線でこの日の宿がある厚狭へ。道路混雑のため、新岩国を出るのが40分以上遅くなってしまいました。しかし、翌日はに行くので、この日を逃すと下関には行けません。1月に行けなかった東行庵だけは行っておきたかったので、乗り継ぎが悪いのを覚悟で出発しました。

 厚狭で20分、小月で25分待ち、東行庵に着いたのは16時半です。小月からのバスが15分以上遅れたのが誤算でした。東行記念館は17時までなので、とにかく急いで見学。2階の第二展示室が復活していましたが、展示品は去年9月に来た時と同じでした。その第二展示室には、高杉晋作のひ孫、勝氏が持ち帰った遺品は東行庵に「寄贈」されたものであることを示す「東行庵だより」や新聞記事などの展示がずらり。全面対決の姿勢を見せていました。勝氏が持ち帰った遺品はすでに萩の博物館に展示されることが決まってしまっているため、この展示は無駄ではないのかな?と思ってしまいました。東行庵にはさまざまな問題があり、それは今でも解決には至っていません。しかし、下関市などがもう少し協力的だったらよかったのに、と思わずにはいられません。

 「明治維新と山口県」という新しい冊子があったので、そちらを購入。「東行庵だより」をいただきましたが、前回と同じ101号でした。2003年3月以降、新しい号は出ていないようです。最後に墓参を…と晋作の墓所に向かうと、東行庵の玄関が開いています。なんと、ゴールデンウィーク中は特別公開だったようです(;_;)しかも公開時間は17時まで…かなりのショックでした。こんなことなら、先に墓参して東行記念館を後回しにしておけばよかったです(^^;でも、また次の機会があることを期待して晋作の墓所へ。約半年振りの墓参をしました。そういえば、今年の東行忌はどうだったんだろう?と思いました。毎年主催は東行庵なので、おそらく勝氏ほか高杉家の方々は出席されていないのではないかと思います。晋作が亡くなって140年以上たった今になって、墓所を守る東行庵と、高杉家子孫との間に溝ができてしまうとは…非常に残念です。

 行きのバスは遅れましたが、帰りのバスは時間どおりに来ました(^^;厚狭では食料調達が困難そうだったのでひとまず下関へ。食料調達と土産物チェックをし、厚狭に戻りました。厚狭は新幹線停車駅にも関わらず、本当に駅前に何もありません。小郡も何もないと思いましたが、それ以上に何もありません(^^;翌日乗車する「快速 萩・津和野号」のために厚狭宿泊としましたが、いつも通りの下関泊にしておけばよかったかもしれません(笑)

東行庵
東行庵



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