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テーマ:幕末レトロ、その他

山口

2000/12/8(FRI)

 今回の旅は2泊3日。長州藩の中で、幕末に重要な役割を果たした3つの街…山口、萩、下関をめぐる「長州紀行」がテーマです(笑)山口県を訪れるのはこれで4回目ですが…飛行機を使うのはこれが初めてです。羽田から約1時間半。山口宇部空港に到着したのは9時ちょっと前でした。空港からはバスで小郡駅まで行き、バスの3日間フリー乗車券を購入しました。このフリー乗車券は萩、秋芳洞、津和野などを結ぶ防長バスの区間が乗り放題になるというもので、今回の私の旅程にはまさにぴったりの乗車券でした。
小郡駅で山口県限定のキティグッズを買い、バスで湯田温泉まで行きました。小郡〜山口間はシャトルバスが運行してて便利なのですが、この路線は12月中旬で廃止されてしまうそうです。今回はぎりぎりセーフでした。

 湯田は温泉と中原中也で有名ですが、長州藩の志士たちゆかりの地でもあります。後の大蔵卿、井上聞多(馨)は湯田の出身で、自宅跡は高田公園になっています。公園内には聞多の銅像のほか、「七卿落ちの碑」が建っています。京から落ちてきた七卿は、藩主の命で増築された井上邸の離れを「何遠亭」と呼び、滞在していたとのことです。
 そして湯田には、幕末の資料を中心としたおおすみ歴史美術館があります。ここは私設の博物館で、それほど展示スペースは広くないですが、長州の志士たちの遺墨、遺品が多数展示されています。七卿の短冊、松陰先生がアヘン戦争のことを聞き書きした「討賊始末」、晋作や久坂さんの書状など…字を見ているだけで、その人の性格がわかるようなものばかりで、一つ一つの展示品が興味深かったです。また、ここの館長さんは別名「維新じいさん」と呼ばれ、いろいろと解説をしてくれます。ぼーっと晋作の七言絶句を見ている時に声をかけられ、ちょっとびっくりしました(笑)
 湯田温泉からはバスで、山口に入りました。県庁前でバスを降り、まずは藩庁門を見学です。この門は、幕末に長州藩が政治の中心を萩から山口へ移した時の遺構で、勝手に遷都したことをとがめる幕府に対して「山口は城ではない、藩庁だ」との詭弁を使ったことでも有名です。確かに、日本海側の萩より三田尻や下関へも近い山口の方が交通の便はかなりよいのですが、幕末の長州というとやはり、萩と下関の印象が強いです。そういう意味では、山口はちょっと中途半端なのかもしれません…
 しかし、山口は大内氏の時代には「西京」と呼ばれ、発展してきました。また、明治以降は山口県の県庁所在地として発展を遂げています。藩庁門近くにある県政資料館は明治時代以降の山口県の政治史を紹介する展示館で、入場無料なのがうれしいです。外観・内部とも大正時代に建てられた時のままということで…多少、壁紙がぼろぼろになっている部屋もありました(^^;
 そこから歩いて10分ほど…山口の観光資料には必ず登場する、瑠璃光寺の五重塔を見に行きました。少し紅葉が残っていたので、とてもきれいでした(^^)この寺は大内氏によって建てられ、後に毛利氏が再建しました。そのためか、境内には毛利家の墓所もあり、幕末の藩主、毛利敬親公もこの地に眠っています。毛利公の墓所へ続く参道の石畳は「うぐいす張り」になっていて、強く足踏みをしたり、手をたたいたりするといい音が響きます。木の廊下で鴬張りになっているところはよくありますが、石畳でのうぐいす張りというのは…ちょっと意外な感じでした。
 また、この近くには枕流亭という建物があります。ここは薩長同盟が結ばれた後、長州を訪れた西郷隆盛や小松帯刀が滞在し、長州の志士たちと倒幕の密議を重ねた場所です。当時は別の所に建っていたということですが、内部は当時のまま残されていて、2階には自由にあがることができます。かなり急な階段で怖かったですが、ここでどんな密議が交わされたんだろう…と想像するだけでもなんだか楽しくなってしまいました。
 再び県庁まで戻り、次は県立博物館を見学しました。幕末関連の展示品はそれほど多くありませんが、晋作や周布政之助の書状がありました。また、さまざまな実験を体験できるコーナーもあり、時間を忘れて遊んでしまいました(^^;
 ぶらぶらと歩いて山口駅まで行き、無料の循環バスで湯田まで戻りました。そこから再びバスに乗り、小郡へ。駅で少し待って、バスでへと向かいました。

井上聞多像 藩庁門 県政資料館 瑠璃光寺 枕流亭
井上聞多銅像藩庁門県政資料館瑠璃光寺枕流亭



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