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テーマ:幕末、その他

勝沼

2004/10/03(SUN)

 私は全国各地を旅行していますが、意外と近場は行っていないことが多いです。山梨県もそのひとつ。高校時代は山中湖の近くに学校の寮があったので、毎年行っていた県ですが、高校卒業後は一度も行ったことがありませんでした。今回、「山梨フリーきっぷ」というお得なきっぷが発売になったのと、期間限定で「ホリデー快速ビューやまなし」という列車が走るということで、山梨県訪問プランを立てました。

 前々から気になっていたのは、勝沼にある柏尾古戦場。1868年3月、新選組が甲陽鎮撫隊と名を変え、甲府城へ入城を目指していたところ中山道を進んできた新政府軍に先を越されてしまい、この地での戦闘を余儀無くされました。戦闘はわずか数時間で終了し、甲陽鎮撫隊は甲州街道を敗走します。江戸に戻った新選組設立メンバーの永倉新八・原田左之助は会津軍に合流し、体勢を立て直そうと主張しますが、近藤勇は彼らの意見を受け入れず、その結果内部分裂が決定的となりました。柏尾での戦闘は錦絵にも描かれ、「近藤勇最後の戦闘」として知られています。まずはその古戦場を目指しました。

 新宿駅から勝沼ぶどう郷駅までは2時間弱。改札を出ると、駅前にはたくさんの人がいます。どうやら「勝沼ぶどうまつり」が開催されているようです。駅前からは会場へのシャトルバスが頻発していますが、私が乗るのはどこまで乗っても100円の村民バス。4路線で1日3本ずつしかありませんが、前述の快速に乗るとわずかな待ち時間で乗車できます。スケジュールどおりに柏尾古戦場に到着しました。現在はぶどう畑が広がり、近藤勇像や案内板がなければ古戦場だとはわかりません。甲陽鎮撫隊はこの地にあった神社を本陣にしていたそうです。本当は国宝指定を受けている大善寺に本陣を置く予定だったようですが、鎌倉時代建立の由緒ある寺ということで戦に巻き込むのはしのびないと近藤さんが反対したそうです。その大善寺も見学しました。

 山門をくぐり、あまり整備されていない石段を上ると国宝の薬師堂が姿を現します。中に入るとマンツーマンでの説明を受けました。前立本尊はぶどうを手にした珍しい仏様で、本尊の薬師三尊は5年に一回、一週間だけの特別公開です。去年公開があったとのことで、今は写真が飾られていました。本尊を安置する厨子も鎌倉時代の作で、こちらも国宝です。後ろにずらっと並ぶ日光・月光菩薩や干支を冠にした十二神将像も県指定文化財や重要文化財指定です。それらの仏様のすぐ近くまで行って拝観ができるのはうれしいです。また、薬師堂には柏尾での新選組の奮闘に関する資料が展示されていました。今回の見学者は私一人でしたが、確か観光バスが運行されていたはずです。来年になったらこの資料がどうなっているのか、少々気になります(^^;帰りに改めて山門を見て気づきましたが、こちらの寺紋は丸に三引き。近藤さんの家紋と同じです。近藤さんが大善寺を守ったのはこんな所にも理由があったのかもしれません。

 帰りのバスの時間まで30分以上あったので、遊歩道を歩いて駅まで戻ることにしました。駅の観光案内所では大善寺から駅まで徒歩30分との事でしたが、実際はかなりきつい登り坂があり、40分かかりました。30分待ってバスに乗るのと数分しか変わらなかったので、おとなしくバスを待てばよかったです(^^;

柏尾古戦場 近藤勇像 大善寺山門 大善寺薬師堂
柏尾古戦場近藤勇像大善寺山門大善寺薬師堂


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